先週一週間、栃木県へ旅行しておりました。
北関東は関西からだと結構時間がかかるので、なかなか行く機会がないのですが、だからこそ行ったことない場所が盛沢山。
気ままにスケジュールを変更した一人旅の模様は、またおいおい。
まずは福岡マラソン旅行の続き。マラソンの翌日、続100名城に選ばれている小倉城へ。
小倉城へのアクセス
博多駅から小倉までは、新幹線だとわずか15分。
15分だけ新幹線乗るのもな・・・ということで、私は博多駅から鹿児島本線の普通列車で約1時間20分かけて行きました。
小倉城の歴史
1569年に安芸の毛利氏が、現在の小倉城本丸周辺に城を築いたのが始まり。
その後、大友氏の家臣の高橋鑑種(あきたね)や、豊臣秀吉家臣の毛利勝信が居城し、江戸時代初期には、細川忠興が入城。大改修を行い、現在の城の姿が完成しました。
細川氏が熊本に転封後は、小笠原氏の居城となりました。
小倉は九州各地に通ずる街道の起点として、城下町も繁栄しました。
しかし、小笠原氏は幕末期の長州戦争で敗れ、自ら城に火を放ち戦線後退。これにて、城のほとんどの建物が焼失してしまいました。
現在の天守閣は1959年に再建されたものです。
城の遺構
小倉駅のロッカーに荷物を放り込んで(そのまま大阪に帰るため、コロコロ引っ張ってきました)小倉の街を20分弱歩いて到着。
ちなみに、フルマラソンの翌日ですが出場回数を重ねるにつれ、疲労回復速度も早くなり、多少足が張ってるな、程度です。20分程度歩くのはむしろリカバリーウォーキングになってちょうどいい。
小倉城全体図はこんな感じ。
なかなか立派な城公園です。
入口を入って左側に「小倉城庭園」
小笠原氏の別邸であった下屋敷跡を復元した庭園と、江戸時代の武家書院が再現された施設。今回はこちらには行かず。
また庭園の反対側、天守横には立派な八坂神社の鳥居があります。
天守
1959年に再建された天守閣。
最近、山城に行くことが多かったので、久々に立派な天守が見れてちょっと感動。
ということで、色んな角度から天守を撮影。
現代の建物とのコラボもまた乙です。
もちろん山城には山城の良さや面白さがありますが、このように立派な天守は、まさに街のシンボル!という感じで往時の活気が想像できます。
2019年には展示内容や内装がリニューアルされており、内部はエンタメ要素も多く、楽しく歴史が学べるスポットになっています。
こちらから入城。大人350円(その他施設との共通券もあり。)
内部展示の一部をご紹介。
まず、1階では小倉城400年の歴史を、約10分の映像に凝縮したシアターがあります。
ナレーションは草刈正雄さん。ええ声で小倉城の歴史が学べるので、ぜひ見て行きましょう。
その他、流鏑馬体験やクイズなどお子さんでも楽しめるようなコーナーもあります。
(流鏑馬コーナー人気で人がいっぱいいたので、撮影はせず)
軍議に参加もできます。
個人的にはこれが楽しかった。
手を動かすと衣装が変わります。一瞬で町娘に早変わり。
1階と2階には、小倉城が焼失した1866年寅年にちなんで描かれた2対の虎の絵。
「迎え虎」(雄虎)
「送り虎」(雌虎)
そういえば、今年も寅年だったね。
3階は、巌流島の戦いで有名な宮本武蔵&佐々木小次郎紹介コーナー。
佐々木小次郎になりきって、武蔵の一撃を食らう写真が撮影できます。
記念撮影していた女性は、真剣白刃取りで武蔵の剣を止めようと試みてました。つっよ。
ちなみに、天守前には小次郎もいました。
5階は展望エリア。
妙に広いスペース。ソファもあるので、小休憩も可能。何故かコナン君がいました。
西側の眺め。左側の建物は小倉北警察署。城跡周辺には、警察や市役所など公共の建物が建つことが多い気がする。(大阪城公園のすぐ近くにも大阪府庁舎あるし。)
東側からは、小倉城庭園を上から眺めることができます。無料で拝観。
城内の紅葉、なかなかに綺麗。
城内に残る門跡
天守周囲には、いくつかの門跡があります。
天守へ向かう坂道の入口には、大手門跡。
槻(けやき)門跡
旧第十二師団司令部の正門
明治8年に歩兵第十四連隊が小倉に設置。その後、明治31年に第十二師団が生まれ、その司令部庁舎が本丸跡に建てられました。
この煉瓦作りの門跡は当時のもので、第十二師団の軍医部長を務めた森鴎外も、この門を通って登庁していたそうです。
石炭をばはや積み立てつ
高校時代、現文で「舞姫」勉強したなー
西の口門跡
鉄門跡
利用案内
- 天守入館料
大人350円 中高生200円 小学生100円
その他共通券あり(①小倉城&小倉城庭園、②小倉城&小倉城庭園&松本清張記念館)
- 営業時間
4月~10月:9:00~20:00
11月~3月:9:00~19:00
- 休館日:年中無休
おまけ