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【100名城(世界遺産)】No. 99 中城城(沖縄)|2023年1月沖縄⑪

世界遺産名:琉球王国のグスク及び関連遺産群

琉球王国の歴史を伝えるグスクやその関連遺産が9か所登録されています。(登録年:2000年)

中城(なかぐすく)城へのアクセス

中城城はバスで行くのがなかなかハードなお城です。通常の那覇バスなどを利用すると、バス停からの距離が遠い(徒歩で30分とか。)

那覇市内から公共交通機関で行くのに最適と思われるのが、北中城村コミュニティバス「グスクめぐりん」を利用するルート。

www.vill.kitanakagusuku.lg.jp

那覇バスターミナルからイオンモール沖縄ライカム」またはイオンモールに近い「比嘉西原」で下車。(所要時間約50分)

イオンモール沖縄ライカム」からグスクめぐりんに乗り替えて「中城城跡」下車。(所要時間約30分)こちらのバス停は、中城城すぐの場所にあります。

コミュニティバスは1日に6便しかないので、時間をしっかり調べておかないといけませんが、那覇市内から行くのであれば、現状これが一番行きやすい方法のような気がします。(私はこのルートで行っていないので、詳細の乗り換え方法はご説明できません。あしからず。)

なお、帰りは中城城から那覇市内までこのグスクめぐりんを利用して帰ってきました。そちらのルートは後半でご説明します。

私は勝連城から中城城までタクシーで移動。30分弱で2,940円でした。

(タクシーで通った道が全く同じかは分かりませんが、車移動でGoogle検索した場合のルートがこちら。)

タクシー運転手は地元のおじさんで、勝連城にまつわるお話を色々してくださいました。

子供の頃、じいさんから聞いたこんな話があってさー

私、沖縄のイントネーションと、「〇〇さー」っていう方言が耳障りよくて凄く好き。

中城城の歴史

中城城の築城は14世紀後半頃。標高約160mの丘陵上に、先中城(さちなかぐすく)按司によって築かれ、その後15世紀中頃に座喜味グスクから移ってきた護佐丸によって増築が行われました。護佐丸がこの地に移動したのは、勝連城で力をつけていた阿麻和利を監視するためでした。しかし、先の勝連城の記事で書いたように、護佐丸は阿麻和利の策略によって討伐されてしまい、中城城も滅ぼされてしまいました。

1853年に来島したペリー一行は、中城城を見て城の美しさや堅牢さを賞賛したそうです。

2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産の一つとして、世界遺産にも登録されました。

城の遺構

城は6つの廓で構成されていて、城壁は沖縄に来てからお馴染みの琉球石灰岩で積まれています。

チケット売り場の近くに、勝連城同様カートが止まっていて、上まで連れて行ってくれました。

相変わらずの曇天ですが、丘陵上にあるため、ここ中城城からも海が綺麗に見えます。

カンジャーガマ

鍛冶を行っていたとされるガマ。護佐丸が阿麻和利の攻撃に備えるための、武具を造っていたとも伝えられているそうです。

正門

西の方角に向いた門。門の上には、木造の櫓が乘っていたと考えられています。

南の廓への階段。中城城は、今までのお城の中で一番城内にお花が咲いています。真冬にも関わらず綺麗に咲いているこの黄色のお花、何だろう。
南の廓

通称:久高遥拝所

通称:首里遥拝所

このような遥拝所が城内には8か所あります。グスクの役割が単に政治や戦の為の場所ではなく、祭祀的な要素も強いことが、今回沖縄グスク巡りをしていて分かった本土のお城との大きな違いです。

どこか古代ヨーロッパの城郭の雰囲気も漂います。古代ヨーロッパの城郭、生で見たことないんですけどね。
一の廓

城内で最も広い廓で、かつては正殿がありました。

こちらが正殿跡。

一の廓からの景色。沖縄グスクは、どこも眺望が素敵です。見えている海がこれだけ青いから、絶景度5割増し。ま、この日の天気は相変わらず曇天ですけれど。というか、ポツポツ雨降って来ましたけど。

一の廓から二の廓への門。アーチ型の門は首里城にもありましたが、木造の櫓が上に乘っていないのはこれはこれですっきりしていて、曲線美を鑑賞するにはいい状態。お城って、アートですよね。(急にどうした。)

二の廓

階段をつけてくれているので、上ってみた。

うん、さっきの景色とほぼ一緒やな。

石垣の上側が歩けるようになっていたので、廓を回ってみました。

進撃の巨人の目線ってこんな感じかしら。

北の廓

護佐丸によって増築されたとされる北の廓。

思いっきり、雨しずくがレンズについてしまっていました。風も強くて、入口でもらったパンフレットを見ながら歩いていたんですが、雨と風でぐちゃぐちゃ。傘持っていないので、とりあえずパーカーのフードを被って凌ぎます。

裏門

西に向いていた正門に対し、こちらの裏門は東向き。

三の廓

こちらは東側の城壁。石を五角形や六角形にして積む「相方(あいかた)積み」という、最も技法の進んだ積み方で築かれています。この形の文鎮欲しい。文鎮なんてもはや使うことないけれど。

三の廓の東側は、現在広場になっていて、パンフレットによると記念運動場だそうです。

最後に中城城全体の模型がありました。もしかしたら、昔は裏門側から正門に向けて歩くようなルートだったのかもしれません。

世界遺産のよく見る碑もここにあるし。後半天候が悪化しましたが、沖縄4つ目のグスク巡り終了!

中城城から歩いて10分ほどの場所に、中村家住宅という昔の沖縄住宅が保存されている場所があったんですが、雨が降っていることもあり、那覇市内へ戻ることにしました。

中城城から那覇市内へのアクセス(バス)

先に紹介したグスクめぐりん「島袋廻り」中城城跡14:01発 

(グスクめぐりんは巡回ルートを回っていますが、「喜舎場廻り」「島袋廻り」があり、逆回りに乗ってしまうと時間が大きく異なる場合があるので要注意です。)

バスはこのようなバンタイプ。利用料金は、一般一律200円です。

14:13 北中城村役場前着 ここで降りてバスの乗り換え。

役場前にもシーサー。

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役場と道路挟んで反対側にある沖縄バス北中城村役場前」バス停から、行きと同様52系統 14:44発の那覇バスターミナル行きのバスに乗りました。近くに時間潰せるような場所がなかったので、バス停前でぼーっと30分待ちました。

ちなみに、GoogleマップやのりものNAVIでここから那覇バスターミナルまでの経路検索をすると「喜舎場」というバス停まで歩いて、那覇空港行きのバスに乗れと指示されます。が、私が持っている1日バス乗車券では、この空港バスには乗れません。こっちの方が早く帰れるし、別途バス代払えば乗車はもちろん可能ですが、せっかく1日乗車券買ったんだから、これで乗れるルート使わないと損。

ということで、30分何もないところで昨日買ったかりんとうをボリボリ食べながら、バスを待つ羽目になりました。

北中城村役場前」から帰りは「見栄橋」で下車。時間は約1時間40分でした。

今回、バス1日乗車券を1,820円で購入。実際の乗車にかかった運賃は、

行き「那覇バスターミナル」から「勝連城跡前」まで1,260円

帰り「北中城村役場前」から「見栄橋」まで750円

合計2,010円ということで、190円だけお得となりました。HISのサイトの割引価格で買っていなければ、2,500円だったので、元は取れていなかったことになります・・・

勝連城から中城城までもバス移動していれば、もっとお得感はあったんだと思いますが、時間と費用の両面で考えた末、私的にはこれが最適なルートだったと思っています。あと、いちいち小銭の心配しなくていいのも楽で良かったです。

利用案内

  • 料金:大人400円 中・高校生300円 小学生200円
  • 開館時間:8:30~17:00(5月~9月18:00)
  • 休館日:年中無休

www.nakagusuku-jo.jp

おまけ

美栄橋でバスを下車し、ホテルへ戻る前にカフェで一息。

f:id:iechiko:20230206193134j:image

「トックリキワタ珈琲店」さんでチーズケーキとコーヒーのセットを頂きました。

コーヒーは好みのテイストを伝えると、定員さんがおすすめを教えてくださいます。こじんまりとしていて、とても落ち着くカフェでした。ネットで見たら看板犬が可愛くて、ぜひ会いたかったんですがこの日は店内にはいませんでした。残念。

100名城公式ガイドブック(スタンプ帳付)

【続100名城(世界遺産)】No. 200 勝連城(沖縄)|2023年1月沖縄⑩

世界遺産名:琉球王国のグスク及び関連遺産群

琉球王国の歴史を伝えるグスクやその関連遺産が9か所登録されています。(登録年:2000年)

 

沖縄旅4日目飛ばして5日目。飛んだ4日目は雨だったので、午前中に沖縄県立博物館へ行き、昼からホテルで洗濯祭り&翌日の城巡りルートを調べまくっていました。

この日、私は中部エリアにある勝連(かつれん)城中城(なかぐすく)城の2つを回ることにしていました。この2か所、車であれば那覇市内のホテル→勝連城まで約50~60分。勝連城→中城城まで約25分で行けるため、大して苦労はしないのですが、公共交通機関のバスのみで行こうとするとかなりのハードモードになります。

色々試行錯誤の末、全てバスで行くルートも考案できたのですが、結局あまりにも時間効率が悪かったので、ホテルから勝連城までバス→勝連城から中城城まではタクシー移動→中城城から那覇市内までバス(途中乗り換えあり)で2か所のお城攻略を行いました。

沖縄でバス旅するなら、1日周遊パスが便利

バスに乗車するにあたり、沖縄路線バス1日周遊パスを購入しました。通常2,500円のところ、LeaLea OKINAWA byHISのサイトからだと1,820円で購入可能。ただし、このチケットは購入後に直接LeaLeaラウンジに引き取りに行かなければいけないので要注意です。(私は宿泊しているホテルから徒歩圏内だったので、特に引き取りに不便は感じませんでしたが、画面で表示可能にしてくれたらもっと便利なのにな~)

1日以外に3日周遊、またゆいレール乗り放題もセットになったパスもあります。ちなみに、バスに至っては恐らく片道1時間以上乗るようなルートでないと、お得にはならないかな、と思います。

【WEB限定】沖縄路線バス周遊パス 1日周遊パス | H.I.S. LeaLeaOKINAWA

なお、沖縄のバスは沖縄独自の「OKICA」というICカードしか使用できませんでした。デポジットに500円必要ですが、何度も沖縄来るぜ!バス活用するぜ!という場合は、このICカードを購入するというのも一つの手かも。(いずれゆいレールみたいに、どこのICカードでも乗車できるようになって欲しいものですが。)

勝連城へのアクセス

那覇バスターミナルから沖縄バス52系統(与勝線)で、約2時間。「勝連城跡前」下車すぐ。

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2023年1月時点の時刻表。朝は7~8時台に便がありません。ゆえに9時15分発のバスに乗ることにしました。

出発はゆいレール旭橋駅に隣接している那覇バスターミナル。綺麗な待合所があり、トイレやファミマもあります。

52系統は、5番乗り場からの乗車。待合室を出てすぐの場所にありました。

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このような電子時刻表があるので分かりやすいけれど、そもそも1つのバス停に来るバスの系統が多すぎる問題。

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沖縄でバスに乗るのに利用していたサイトがのりものNAVI

系統や行先を入力すると、経路パターンを出してくれます。f:id:iechiko:20230205175632p:image

また、バスの現在地をリアルタイムで教えてくれる機能もあるので、バス停で「今どの辺にいるんだろ?」と乗るバスの現在地を調べることが可能。(沖縄のバスってよく遅れるらしいですからね。ただ、今回私は一度もバスの大きな遅延には遭遇せず。)

また、今回のように長時間乗っていると一体今どの辺なのか、順調に進んでいるのか、降りるバス停まであとどのぐらいなのか、と慣れない土地では分からないものです。

そういう時にもすぐに調べられるので便利でした。

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目的地の「勝連城跡前」は79番目のバス停です。遠いよ。乗客の乗り降りは時折ありましたが、基本ずーっと私一人でした。バスの系統も本数も割とあるのに、需要と供給のバランスあってるんだろうか?これ。

前日にバスターミナルの案内所で行き方などを聞いた際、所要時間は約90分と言われましたが、実際は2時間ほどかかりました。(遅延等ではなく、ナビで調べてもそもそも2時間かかることになっている。)勝連城跡前バス停には、ほぼ定刻に到着。

2時間バスをほぼ独り占めして1,260円なんだから、凄い安いよね。(その分所要時間が車で行くのと比べると倍かかってますけど)

勝連城の歴史

勝連城は勝連半島にある標高約98mの丘に築かれており、正確な築城年は分かっていませんが、発掘調査の出土品から12~13世紀と考えられています。中国や朝鮮、東南アジアの陶磁器などが出土していることから、勝連按司(地方首長)は海外貿易を盛んに行っていたことが伺えます。

15世紀前半に10代目城主となった阿麻和利(あまわり)は、貿易により勝連に繁栄をもたらし勝連城は最盛期を迎えました。第一尚氏・6代の尚泰久は、力を持ち始めた阿麻和利を懸念し、娘の百度踏揚(ももとふみあがり)を嫁がせると共に、忠臣の護佐丸(ごさまる)を中城に配置し監視させました。護佐丸は「謀反の疑いあり」との阿麻和利の讒言により討伐されてしまいますが、その後、嘘が発覚した阿麻和利は、尚氏軍に討伐され、勝連城は廃城となりました。

あまわりパークの展示品

歴史上「逆臣」として名を残す阿麻和利ですが、琉球最古の歌謡集「おもろさうし」では阿麻和利を称える歌が残されており、名君としての評価も残っているようです。『肝高(キムタカ)の阿麻和利』という舞台も行われているそう。(「肝高」とは沖縄の古語で「心豊か」「気高い」という意味。字面から「キムタク」が頭に浮かんで来てしょうがない。)

あまわりパーク

バス停から徒歩1分の場所にあまわりパークがあります。こちらでは、勝連城に関する展示や映像作品鑑賞ができます。また、入城チケットの販売も行われているので、まずはこちらの施設へ。

2021年10月にできた新しい施設です。まずはこちらで勝連城のお勉強。

10分弱のアニメーション映像が4本10~15分間隔ぐらいで流れます。展示品見て、映像見て、終わったら展示品の続き見て、また映像見てを繰り返し、3本の作品を見ました。

スクリーン下にあった勝連城ジオラマ

作業をしている人、城内で集会(?)している人などの再現が面白くて、これだけでも長時間見ていられる。(私、割とジオラマ好き。)

一通り展示品と映像作品を見終えたところで、城内へ移動します。勝連城はあまわりパークと道路を挟んだ反対側にあり、城遺構まで勾配もあることから、あまわりパーク前から無料のカートで連れていってくれます。

(勝連城に到着後に撮影。)

特に時間などは決まっていなくて、お客さん集まったら適時出発って感じでした。

城の遺構

勝連城は続100名城に認定されたお城である上に、世界遺産でもあります。というか、沖縄で世界遺産の構成資産となっている城(グスク)は、全て100名城か続100名城にも認定されています。勝連城は、世界遺産の中では最古のグスク。

5つの曲輪からなり、それぞれの曲輪は琉球石灰岩によって曲線状に築かれています。この姿、今回訪れた沖縄グスクの中で一番好き。

ウタミシガー

四の曲輪にある井戸。旧正月の元旦に水の量を見て、その年の作物の出来を占っていた場所だそうです。(水多い→豊作。水少ない→凶作)

ミートゥガー(夫婦ガー)

縁結びの井戸。

中学生ぐらいの集団が、ガイドさんの話を聞きながらお城見学していたんですが、数日前とは打って変わってこの日気温は15度程度。風も強く、小雨ぱらつく。とにかくみんな寒そうで、何か見ていて気の毒になりました。後をついていくような恰好になって、私も三の曲輪へ移動。

三の曲輪城門跡

三の曲輪

トゥヌムトゥ

旧暦の2月と5月に行われる収穫祭の際、神人(カミンチュ)が腰かけていた石。

二の曲輪

二の曲輪には、殿舎跡が見つかっており、城内で最も重要な建物であったと考えられています。

ウミチムン(火の神)

火の神が祀られていたところ。すなわち、こちらは台所。

ウシヌジガマ

首里王軍に攻められたとき、この穴を抜けて阿麻和利が読谷村まで逃げたという伝説も残っているそう。

薄水色の建物があまわりパーク。その隣は現在絶賛工事中。2026年には飲食店などが入る施設が出来上がり、勝連城周辺の観光地化を進めているみたいです。

一の曲輪

城内には、このように新しく階段が設置してある箇所もあるのですが

昔のままの石灰岩のみの道もあるので、足元要注意です。雨の日は滑りやすいそうなので、より慎重に。

一の曲輪への階段。

勝連城からはオーシャンビューの美しい景色が見られるのですが・・・

あいにくの超曇天。でも、こんなに曇天でも海の青さが分かります。晴れていればどれほど綺麗だったことでしょう。(旅の後半、ほぼこんな曇天続きでした。冬の沖縄は曇りが多いそうなので、まぁ仕方ないですけど。)

一の曲輪から見下ろした二の曲輪と三の曲輪。

一通り城内散策を終えたあとは、またカートに乗せてもらってあまわりパークまで戻りました。あまわりパークの観光案内所で続100名城スタンプを押印し、御城印も購入。こちらではちょっとしたお土産も販売していました。そしてスタッフの方にタクシーを呼んで頂き、中城城へ移動。

利用案内

  • 料金

 ①勝連城&あまわりパーク:大人600円 小人(中学生以下)400円

 ②あまわりパーク展示室のみ:大人400円 小人(中学生以下)200円

 ※6歳未満およびうるま市内小中学生無料

  • 開館時間:9:00~18:00(入館締め切り17:30)
  • 休館日:年中無休

www.katsuren-jo.jp

 

おまけ

観光案内所の椅子に座っていたおばあ(の人形)。めっちゃリアルで、一瞬見たときホンマに地元のおばあが休憩してんのかと思った。

 

続100名城のスタンプ帳 公式ガイドブック

【世界遺産】識名園|2023年1月沖縄⑨

世界遺産名:琉球王国のグスク及び関連遺産群

琉球王国の歴史を伝えるグスクやその関連遺産が9か所登録されています。(登録年:2000年)

識名園へのアクセス

識名園バス停から徒歩2分(識名園までのバスは複数系統走っています。)

琉球バス交通 那覇バス 公式サイト

 

私は、金城町石畳から徒歩で識名園まで行くことに。

のっけから上り坂。10%の角度?勾配を表すパーミルのことかと思ったけど、明らかに「%」って書いてるしな。

この急勾配です。沖縄が車社会の理由は電車が発達していないこともあるけれど、坂道が多いことが原因な気がする。

坂道メインで歩き続けて20分。

識名園到着。

識名園とは

ガイドブックにはそのまま「しきなえん」とフリガナが振ってありましたが、現地でもらったパンフレットによるとこの場所は「シチナヌウドゥン」と呼ぶそうです。

ここは琉球王家最大の別邸及び庭園で、海外の使者をもてなすために作られました。また、それと共に国王一家の保養所でもありました。

創建は1799年。首里城の南にあることから「南苑(なんえん)」とも呼ばれました。

他の史跡同様、沖縄戦で破壊されたものの、1975年から約20年かけ再建が行われ、2000年には特別名勝に指定。また世界遺産構成資産の一つにもなりました。

日本・琉球・中国文化が混合する庭園を散策

入口でチケットを購入し、入園。

沖縄の名所は、いちいち木が素晴らしい。大きな木が好きな私は、こういった木々を見るだけでも来る価値ある場所だなと思います。

入ってすぐににゃんこに遭遇。そっぽ向いていたので、軽く舌打ち(って言ったら、凄い態度悪く感じるけど、いわゆる「チッ」じゃなくて、「チュチュ」みたいなニュアンスのやつ。これ、何か別名つけたい。)して呼んでみた。

ちら。

凄く仕方ない感で振り向いてくれました。

順路に従い、園内散策。

通用門

園内で働いていた人用の門。

今日1日で立派な木々を見たことか。植生が大阪と全然違うことももちろんですが、1本1本が立派で、いちいち足を止めて見てしまいます。

これがあの♪でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た♪でお馴染みのデイゴですか。残念ながら花は見れず。

正門

国王一家や、中国からの使節冊封使の人々が出入りに使用していた門。

育徳泉(いくとくせん)

育徳泉は、庭園内にある池の水源の一つ。

石は石畳道でも使われていた琉球石灰岩です。

識名園は、池の周りを歩きながら景色を楽しむ「回遊式庭園」です。これは日本庭園の形式の一つで、江戸時代には大名によって多く作られました。兼六園や後楽園など、有名庭園をはじめ、この形式の有名庭園は本州に多くあります。

沖縄の史跡でありながら、このような日本式を取り入れている所が面白いな、と思いました。しかし、やはりここは琉球王国の史跡。琉球独特の文化も混合しています。

御殿(うどぅん)

赤瓦屋根の建物は琉球ならでは。当時、上流階級のみに許可された格式のある造りで建てられているそうです。約159坪の広さがあり、冊封使を迎えた一番座を始め15の部屋がありました。

靴を脱いで、内部も見学可能です。

縁側からは池の風景が綺麗に見えます。御殿を出たあと、その池の方へ。

石橋が池の中ほどにある2つの島を繋いでいます。

コバテイシという木が島の中に生えていたんですが、右側の枝が凄いことになっている。というか、これまた別の木が絡みついている状態?どういう状態?

六角堂

六角形のあずまや。黒の瓦や屋根の形が中国風。

池には鯉。これは日本庭園の定番。色が鮮やかな鯉が多いのは、やはり南国だからか・・・?(本州のお城とか神社仏閣で見かける鯉って、もっと茶色で地味色が多いような。)

再びの登場アカギの木。これを見ると、先ほどの首里金城の大アカギがいかに大きかったかが分かります。

大アカギの記事はこちら。

iechiko.hatenablog.com

沖縄戦の痕跡が、今なお残っています。

勧耕台からの景色。説明書きに「海がまったく見えない大陸的な景色が臨めます」と記載されていました。確かに!沖縄はどこからでも海が見えるって訳じゃないのね。そりゃそうか。本島そんなに細長くないか。

王の保養所の庭でバナナが育つ。それが沖縄。

番屋

識名園の管理をした番人の住居。

これで一周庭園を巡って識名園見学終了。所要時間は50分程度でした。

日本・琉球・中国折衷の形式で、日本風の庭園だけれど、生えている木々は南国のもの。他ではなかなか見られないタイプの庭園で非常に面白かったです。

帰りは、識名園バス停から2番系統のバスに乗り、ホテルの近くのバス停まで帰ってきました。沖縄は同じ名前のバス停が、行く方面によって複数異なる場所にあったりするので、なかなか慣れていないと使いこなすのが難しい。「識名園前」のバス停も4か所ありました。(Googleマップの経路検索機能なかったら、完全に帰る方法見失ってたわ。)

利用案内

  • 入館料:大人400円 小人(中学生以下)200円   
  • 開館時間 

  ①4月~9月:9:00~17:30

  ②10月~3月:9:00~17:00

  • 休園日:水曜日(祝日および慰霊の日の場合は翌日)

おまけ

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チケット売り場の横に「王朝食パン識名園」というベーカリーがあり、そちらで買ったおやつ。パンの耳のかりんとう(だったと思う。)この2日後、城巡りの際の大事な食料になりました。

首里城下町散策「首里金城町石畳道」と「首里金城の大アカギ」|2023年1月沖縄⑧

首里城散策のあとは、その周辺の名所巡り。

首里城の記事はこちら。

iechiko.hatenablog.com

住宅街に群生するアカギを見に行く

守礼門をくぐって、右手側にある道から首里城公園を出ると、真珠道という名の道に出ます。

猫が前を歩いていたので、ついて行こうとしたらあっという間に脇の茂みに逃げられた。

ここから始まる石畳の道は「日本の道100選」にも選ばれているそうです。日本って「100〇〇」とか「三大〇〇」とか選ぶの好きですよね。(そうして選ばれた場所に、行きたくなるんですが。)

雰囲気のいい道が続きます。

真珠道から始まる石畳道。歩きながら散策するにはいい距離ですが、坂道多めです。

金城町石畳道は、元々1522年頃に琉球石灰岩で築かれた道。10キロ程あったそうですが、現在は、300mしか残っていません。(真珠道も金城石畳道に含まれているのかと思ったんですが、ここを含めると500m弱になるので、ここはまた別の道なのか?いまいちよく分かんない・・・)

今回歩いて思ったことは、那覇って結構坂が多い。しかも急坂。そういえば、NAHAマラソンって坂が多くてしんどかったと聞いたことがあります。でもすごく楽しそうなので、今年出場検討大会の一つ。

道中には、様々な木々が生えていて、それらの説明書きまでご丁寧に書いてくれています。道端に、普通にバナナの木が生えている。南国だなー。

沖縄で良く見かける「石敢當

ウィキペディア師匠によると、元は中国発祥の風習で、T字路の突き当り等に置かれる石標。魔除けの意味を持つんだそうです。T字路や交差点って霊が集まりやすいって言いますもんね。(都市伝説好きの女)

この石畳の道は普通の住宅街ですが、大アカギまでの道を所々看板で教えてくれます。

セン・・・ボク・・・?

住宅街の一角に、大アカギの大木群があります。

この地のアカギは樹齢200年を超えると言われています。首里城に生えていたアカギは、沖縄戦で焼失してしまってましたが、ここの木々は沖縄戦を生き抜き、今なお成長を続けています。

立派な木だな~と思ってしばらく眺めていたら

あれ?大アカギってこの木の事じゃないの?

遊歩道を歩いて奥まで行くと・・・

先ほどよりも、更に大きなアカギの木。

全体がカメラに収まらない。

木のパワーを感じざるをえません。

根本の穴。多分、夜中にキジムナーが寝泊まりしていると思う。知らんけど。

緑が多いので、夏場は蚊にめっちゃ刺されそう・・・石畳道も坂が多いし、真夏は結構きつそうです。冬場に来るのがおすすめ。

奥のアカギが一番巨木なので、こちらの遊歩道を使って奥まで来るのをお忘れなく。

石畳の道をぶら散歩

アカギの木からパワーを注入してもらい、石畳の道のお散歩を続けます。

首里金城村屋(休憩所)に到着。

ここで小休憩。この先も石畳道が続いていますが、下り坂になっています。

下ったら、また上ってこなくてはいけません。というか、今までずーっと下ってきているので、首里城に戻ろうと思ったら上り坂・・・え、しんどいな・・・

ここからどう帰ろうかな。というか、このあとの予定どうするかな。

ま、とりあえず、坂道全部下ってみるか。

石畳道を歩き終わり、最初は近いバス停からバスにでも乗って帰ろうかとも思ったんですが、時間がまだ早かったのと、ここまで来たんなら行ってしまおう!ということで、世界遺産識名園」まで歩いてみることにしました。

徒歩だと約20分。

20分なら、まぁ徒歩圏内っしょ。余裕、余裕。

と思った私が甘かった。那覇の坂道の洗礼が待ち構えていました。

おまけ

アカギの巨木。

これ、一眼レフで撮った写真。

f:id:iechiko:20230204164513j:image

ほぼ同じ角度からiphoneで撮ったら、真横から光が差し込んでいるような写真になりました。逆行避けるために、太陽が陰になる角度で撮ったはずなんですが。

ちょっとした角度の違いとか、iPhoneカメラで起こる何らかの現象が原因なのかもしれませんが、私はアカギさんのパワーがみなぎって、思わず輝かずにいられなかったんだと思うようにしています。

【100名城(世界遺産)】No. 100 首里城(沖縄)|2023年1月沖縄⑦

世界遺産名:琉球王国のグスク及び関連遺産群

琉球王国の歴史を伝えるグスクやその関連遺産が9か所登録されています。(登録年:2000年)

 

玉陵のあと、同じく世界遺産の構成遺産であり、100名城のラストを飾るNo.100のお城でもある首里城へ。

玉陵の記事はこちら。

iechiko.hatenablog.com

首里城へのアクセス

ゆいレール首里駅から徒歩15分

玉陵から首里城公園の入口までは徒歩5分。

首里城の歴史

首里城の創建は13世紀~14世紀頃と考えられています。琉球王国の中枢の場として、国王の居城・行政・祭祀の場が設けられていました。

王位争いや失火により3度焼失しましたが、その度に再建されました。しかし、第二次世界大戦沖縄戦で城は焼失。その後、正殿などの遺構は再建され、平成12年には世界遺産にも登録されましたが、2019年10月に火災が発生し、正殿・北殿・南殿など8棟が焼失。

現在は2026年の正殿復興を目指し、再建工事が行われています。

城の遺構

首里城公園として整備された城内はなかなかに広いです。公園内は途中まで無料で入ることができます。

守礼門

首里城のシンボルとも言える守礼門

扁額の「守禮之邦」は『礼節を重んじる国』という意味。沖縄戦後、1958年に復元されました。

令和5年3月31日まで、一部修繕工事中。

国王頌徳碑(復元)

尚真王の徳を称えて建立された碑文。

歓会門

城郭内に入るための第一の正門。現在の門は1974年の再建。

門の両脇にはシーサー。ちょっと笑ってるようにも見える。

瑞泉門

第二の門。この門の下がケツメイシのアルバム撮影で使われている場所だと思われます。「ケツノポリス4」めっちゃ聞いてました。

門の手前には「龍樋(りゅうひ)」という湧き水。王宮の飲料水でもありました。今も龍の口からは水が出ています。この龍の石彫刻は1523年に中国からもたらされた当時のまま。

門の名前はこの湧き水から来ていて、「瑞泉」=立派な泉という意味からつけられたそうです。

次々に現れる門だけではなく、その周囲を囲う石垣も素敵。首里城は門をくぐりながら、階段で上に上に上がって行きます。この日も晴れて気温上昇。暑い・・・

漏刻門

この門の上の櫓の中に、水時計(水で時間をはかる水槽)が置かれており、また門を過ぎた広場には日時計が設置されていました。この2つの時計を使って時刻をはかっていたそうです。

現在、門を出た広場からは正殿工事の建物が見えます。

広場からの眺め。

広福門(こうふくもん)

建物自体に門の機能があり、現在こちらの建物は券売所として使われています。そして100名城のスタンプもこちらで押印できます。

この門をくぐると「下之御庭(しちゃぬうなー)」と呼ばれる場所に出ます。

2019年の火災前の正殿正面に建っていた大龍柱。補修展示室内で、横たわっていました。火災の影響を受けながらも、全焼することなく立っていたそうです。先ほどの龍樋もそうですが、龍(神)って水の神様だから火災が起こっても燃え朽ちることなく、生き残るのかもしれない・・・と結構本気で思ってしまう。

首里森御嶽(すいむいうたき)

琉球の神話によると、この御嶽は神が造った聖地であり、首里城内でもっとも格式の高い拝所の一つ。石積内のガジュマルなどの木々の躍動感が凄い。

奉神門(ほうしんもん)

この門が改札所となっており、先に行くにはチケットが必要です。逆に言えば、今までの場所は無料で観覧可能です。

かつてあった正殿は今見ることはできませんが、復元工事を見るという貴重な経験ができます。

門には3つの入口が設けられていて、中央の門は国王などの身分が高い人だけが通る場所でした。その中央門をくぐって「御庭(うなー)」エリアへ。

復元工事見学エリア

門をくぐると正面に復元工事の建物。壁面には復元される正殿と御庭のイメージ図。工事エリアを囲むように通路が作られていて、現在はそこを通るようになっています。

見学エリアからの景色。

建物はガラス越しに復元工事の様子が見学できるようになっています。

この日は土曜日だった為か、あるいは時間の問題なのか、作業の様子を説明したパネルのみで工事をされている作業員さんはいらっしゃいませんでした。

首里城の正殿屋根にいた龍の装飾の残骸。

焼失前の首里城正殿。12年前に沖縄旅行をした時に見た風景。復元されたらまた来よう。3年なんてあっという間ですよ。年々1年過ぎるの早く感じる昨今。もはや1年の体感、半年ぐらいですからね。あっという間に2023年も残すところ11か月やし。

フェンス越しに工事風景を撮影する不審者。2026年の復元に向けて、関係者の皆さん頑張ってください。この先の正殿の裏手に当たるエリアは「御内原(おうちばら)」と言い、王族の人たちの居住空間でした。

首里城復興展示室

復元に関する資料展示が行われている建物。首里城復興に向けてのメッセージが書けるようになっていたので、私も書いてきました。

世誇殿(よほこりでん)

この場所は平時は王女の居室として。また、国王が死去した際には次期国王の即位の儀式が行われていた場所。現在は休憩室として使用されています。

世誇殿横を通って、城郭の東側にある物見台「東のアザナ」へ。

東のアザナ

この物見台からは、城郭内や周辺を見渡すことができます。「アザナ」とは物見台という意味。

右側に見えているのが「知念半島」その先にかなりうっすらしているのが、恐らく久高島。

こう見ると、結構上がってきたことが分かります。

拝観ルートの突き当りまで来たので、ここから途中お土産屋さんに寄ったりしながら、守礼門へ戻ります。守礼門の手前まで、行きと帰りでは違う道を通ります。

淑順門

御内原への表門。

寄内ノ御嶽(よりないのうたき)

石積みの奥にある洞窟状の遺構。人力で造られた「ガマ遺構」です。出土した遺物から、15世紀のグスク時代から20世紀の近代まで使われていたことが判明したそうです。
またこの一帯に「寄内ノ御嶽」と呼ばれるふたつの御嶽があった可能性があるそうです。(この2つの御嶽については、現状場所がはっきりと分かっていないそう。)

久慶門(きゅうけいもん)

女性が利用していたとされる通用門。この門の前から、首里駅方面の道に出ることもできます。

戦前からこの場所に生えていたアカギの木。戦火や台風で傷つきながらも、現在はアコウが着生し、今なおこの場所で生き続けています。

世界遺産園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

首里城公園内に、首里城とは別に世界遺産として登録された史跡があります。場所は、守礼門をくぐってすぐの場所。

「そのひゃん」ってゆるキャラみたいな名前の石門は、国王が外出する際に道中の安全を祈願した場所。

これでぐるっと首里城公園の城跡を巡り終わり。守礼門をくぐってから、所要時間は大体1時間半程度でした。

正殿等、火災で焼失してしまった建物群を見られないのは少々残念ではありますが、復元工事という貴重な場面を見ることができたし、何度も火災に合いながらも復元される首里城は、沖縄の人たちにとても愛された場所なんだな、と思いながら観光することができました。

利用案内

  • 入館料:大人400円 高校生300円 小中学生160円 6歳未満無料   
  • 開館時間:9:00~17:30(入場券販売締め切り17:00)
  • 休館日:7月の第一水曜日とその翌日

oki-park.jp

おまけ

ガジュマル盆栽。このサイズなら、家でガジュマル育てられそう。

その他の世界遺産訪問記事はこちらの一覧にまとめています。

100名城公式ガイドブック(スタンプ帳付)