えちこの旅ブログ

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【公共交通機関で行く坂東三十三ヶ所巡礼】第十番 正法寺

先週末、埼玉に行く予定がありそのついでに坂東札所巡りをしてきました。

ちなみに埼玉に行った主目的は、さいたまスーパーアリーナで行われた福山雅治さんのライブです。

またかよ。はい。またです。

お金と時間の都合がつく限り、何度でも行きます。なぜならファンだから。

(ちなみに、今年4度目のライブ)

ライブは6/18の土曜日。その前日に有給取って、昨年11月に十一番札所と合わせて行こうと思ったら、時間の都合で行けなかった正法寺へ。スーパーアリーナと同じ埼玉県ですが別にご近所な訳ではなく、なんならこの日の夜は東京に住む友人宅に泊らせてもらったので、ついでと言ってもまぁまぁ移動してます。

余談ですが、1年に1回ぐらいしか東京行かないんでいまだに各地域の距離感掴めません。

品川ー池袋間が30分かかって「案外遠いな・・・」って毎回思ってる気がする。

第十番 正法寺(しょうほうじ)

正法寺の歴史

古くから「岩殿観音」という名で親しまれているお寺。

伝承では、718年に沙門逸海(しゃもんいっかい)という僧が、岩殿山の岩窟に千手観音像を安置し、庵を結んだのが始まりとされています。

平安時代には、奥州征伐に向かう途中の坂上田村麻呂が、この地に住み村人を悩ませていた悪竜を討ち取ったという伝説もあります。討伐できたのは、観音菩薩の霊験のお陰だったとか。

また、坂東三十三所は、観音信仰に厚かった源頼朝の影響が大きいですが、正法寺が札所の一つとなったのには、この地を収めていた比企氏の存在が関係しています。

源頼朝の乳母の一人であった比企の尼は、頼朝が伊豆に流罪となったのちも支援を続けていました。その恩もあり、頼朝は比企氏を御家人として重用し、また帰依していた岩殿観音を庇護することとなりました。

政子の守り本尊として、比企の尼の甥である比企能員が復興。その後、北条政子の発願で諸堂が再建されました。

まさに、今大河ドラマに出てくる比企氏ゆかりの場所です。

大泉洋さん(源頼朝)が庇護して、佐藤二朗さん(比企能員)が復興して、小池栄子さん(北条政子)が諸堂再建した・・と。役者さんを思い浮かべながらイメージすると、分かりやすい。

表参道にも、比企氏アピールののぼり旗が沢山。

なお、江戸時代には徳川家康より朱印地を賜っています。江戸時代は観音巡礼も盛んで、門前町も賑わっていたようです。現在はすっかり静かな住宅地ですが。

正法寺へのアクセス

東武東上線高坂駅からバス『鳩山ニュータウン』行き乗車。

正法寺には、「表参道」裏参道があります。

表参道から行くには、バス停『物見山登山口』から徒歩約20分。(バス乗車時間約7分)

裏参道から行くには、バス停大東文化大学から徒歩約2分。(バス乗車時間約10分)

境内案内

裏参道から行くと、門もなく境内に入るので、本来は表参道から仁王門を通って境内へ入るのがいいんだと思います。(ただ裏参道の方がバス停から凄く近い)

私は、行きは裏参道から。帰りは表参道を通り、そのまま徒歩で高坂駅まで行きました。(徒歩だと正法寺から高坂駅までは、約40分かかります。)

どうせ表参道歩くんだったら、行きに通った方がいいんじゃない?って思いますが、まぁ、何となくの気分で行きは楽したかったんです。

あと、箱根駅伝好きなので単純に「大東文化大学」を見たかった。

(残念ながら2022年は予選会で10位内に入れず、出場されてませんでしたが。)

学生さんが乗るから、多少バスは混むかな?と思ってましたが、大学行きのバスが別で走っていたので、車内はガラガラでした。

バス停の向かい側に正法寺への入口があります。

真っ暗のトンネルにいざなわれました。何かちょっと怖い・・・

トンネルを抜けるとそこはもう境内です。

境内案内図。

左側の駐車場横にあるトンネルが、先ほど抜けてきたところ。

大銀杏

境内に入って、まず目に飛び込んできたのがこの立派なイチョウの木。

根っこがまるで生き物のようにうごめいて見えます。

推定樹齢は700年を超えているそうです。紅葉の時期はさぞかしきれいでしょう。

HPによるとライトアップもするそうなのですが、銀杏臭も凄そうだ・・・(銀杏の匂いがかなり苦手なので、食べるのも避けてる人。)

観音堂

本尊の千手観音が安置されているお堂。
金色の千手観音像が祀られていますが、こちらは前立本尊。ご本尊は秘仏で12年に一度のみ拝むことができるそうです。
現在の観音堂は、明治10年の火災の後、明治12年に移築されたものです。

石仏

境内を囲む岩壁には、ずらりと石仏が並んでいます。

こちらは、四国八十八か所および、西国三十三所坂東三十三所秩父三十四所の百観音の写し本尊であり、参拝すると全てを巡礼したのと同じ功徳を得られるそうです。

四国と西国は結願したので、ここに来たことにより、2周目を回り終えたということですね。4年近くかけて歩いた四国遍路道。ここに来れば数分で結願かい・・・

ま、功徳云々というよりは、あの体験こそが重要だったと思ってるのでいいんですけど。

薬師堂

徳川家康より土地の寄進を受けた際、薬師堂が建てられましたが、江戸時代に焼失。

現在の御堂はその後の再建のものです。

また、薬師如来像と十二神将と合わせて、信州善光寺より分身安置された一光三尊阿弥陀如来が祀られています。

今年は、薬師如来寅年御開帳」が行われており、加えて7年に一度の善光寺如来開帳に合わせて、阿弥陀如来も御開帳となっておりました。

なんと、この二像が同時に開帳されるのは84年ぶりのことなんだそうです!!

(今HP見て知りました。確かに7と12の最大公約数考えたらそうなのか。ん?最大公約数であってるっけ?あれ?最小公倍数・・・?あかん。数学がポンコツ過ぎる。)

そんな貴重なこととはつゆ知らず、薬師如来像さんと繋がる五色の綱を持って

薬師如来さんと繋がったぜ。これで今年下半期も健康優良児間違いなしだぜ。

と呑気に確信を得ていたのでした。

修行大師像。お遍路するまでは特に意識してなかったから気づいてなかったけど、お大師さんがゆかりの場所って日本全国にホント多い。

鐘撞堂

茅葺の鐘楼は、1702年の建立で東松山市内で最も古い建造物。

銅鐘は銘文によると1322年の鋳造。

1590年、豊臣秀吉が関東攻めの際、この鐘を引きずり回して兵を鼓舞したときについた傷がついているそうです。何か細かい傷が沢山あって、どれのことか分からなかったので、全部そのときの傷なんだと思うことにしました。

鐘撞堂までは高台になってるので、表参道がよく見下ろせます。

本堂

最初、ここが納経所かと思いきや、阿弥陀如来立像が祀られている本堂でした。

百畳の広さがあり、一般の方向けの修行体験などもここで行われているそう。

納経所はこの本堂のお隣にあります。見た目凄い普通のお宅ぽかったです。(多分ご住職とかのご自宅兼用な気がする。小さな札所にありがち。)

仁王門

元々は運慶作の仁王像だったようですが、焼失し、現在の仁王門は1808~1814年に再建されたものです。

現在の仁王像は、平成に入り漆の塗り直しが行われ、その漆保護のためガラス張りとなっています。

よって、反射により少々見にくい。

裏参道から来ると、この階段を降りて仁王門をくぐりますが、表参道から来るとこの階段を上って、観音堂へ行くことになります。

ちなみに、門の前も階段。

この点も、裏参道から来た方が楽かもしれません。

門前通り

行きと同じ『大東文化大学』のバス停からバスに乗るためには、この階段をもう一度上がっていく必要があります。せっかく降りてきたし、このまま進むか、ということで帰りは仁王門前に真っ直ぐ伸びる門前通りを通って帰ります。

かつてはこの参道沿いに60ほどの僧坊や参詣者のための宿泊施設、飲食店が並んでいたそうですが、現在は住宅地となっています。

ただ、各ご家庭の前に以前の屋号が掲げられていました。

当時から代々この地に暮らしているご家庭もやはりあるんでしょうか。

弁天沼(鳴かずの池)

正法寺から徒歩約10分。

こちらの池は、最初の歴史のところで解説した坂上田村麻呂の悪竜退治にまつわる場所。

退治した竜の首をこの地に埋めたところに、この弁天沼ができ、首を埋めたためにカエルが住み着かなくなったことから「鳴かずの池」と呼ばれるようになったんだそうです。

高坂彫刻プロムナード~高田博厚彫刻群~

行きのバスの中から、道を見ていて気になっていたのです。

何だか彫刻作品が沢山ある

高坂駅西口から約1キロにかけて、彫刻家高田博厚さんの作品が32体並んでいます。

てっきり東松山市ご出身の方なのかと思ったら、どうやら元東松山市教育長の田口弘さんという方と親交があったから、という理由のようです。

新渡戸稲造

眼鏡かけてないお顔、初めて見た。

宮沢賢治

真正面のお顔、初めて見た。

女性の裸体像複数あったんですが、公共の場でなかなか破廉恥なポージング。

いや、芸術作品を破廉恥とか言うのはヤボですね。

 

坂東札所結願まであと残り18か所。

iwadonosan-shoboji.org

 

宮島観光③【世界遺産】弥山(2022/5 広島旅行)

広島2日目。宮島観光。

前回の記事はこちら。

iechiko.hatenablog.com

ロープウェイ獅子岩駅から弥山本堂

ロープウェイで獅子岩駅に到着し、ここから弥山山頂目指してプチトレッキング開始です。

弥山の標高は535m。古代よりご神体として崇められており、山麓世界遺産厳島神社の登録区域の一部となっています。

貴重な植物を有する原生林を有していて、1929年に天然記念物にも指定されています。

山に来る予定なんてなかったので、おもいっきり普段着ですが大丈夫。道は舗装されているので、足元は普通のスニーカーで問題なしです。

デニムのジャケットが半端なく暑くて、脱いで手持ちでガシガシ歩きます。

 

ー17分後ー

(デジカメ見返したら本堂までの写真、1枚もなかった。)

弥山本堂に到着しました。

弥山本堂は、806年弘法大師空海によって開基されました。お遍路旅以来、勝手に私が親近感持ってる空海さん。ゆかりの場所に来る度に

お久しぶりです!!

ってご挨拶させてもらってます。あちらからしたら「お前誰だよ。知らんがな」状態でしょうけど。

そして、この本堂への最後の登り道で、何やらマイク越しの声が聞こえるな・・・と思ってたんですが

霊火堂前で何か式典やってら・・・

空海生誕1250年を記念して「TOMOSHIBI」という記念事業が行われるそうで、この日(2022年5月21日)ちょうど霊火堂の灯火台・大香炉の落慶式が執り行われていました。

miyajima-misen-kukai-1250.daisho-in.com

とりあえず、汗だくなので休憩がてら霊火堂向かい側の本堂前に腰かけて、しばし式典を眺める。

協賛(?)企業や、製作者の方のお話を聞いて、拍手なんぞしてちょっと参加もしてみる。

いや・・・ていうか、今日霊火堂入れない感じ・・・?

こちらの霊火堂は、かつて空海さんが修行をした場とされており、そのときに焚いた護摩の火が今も「消えずの火」として堂内で燃え続けています。そして、平和公園内で燃え続ける「平和の灯」の元火としても使われました。

2005年に霊火堂は火災にあってしまったため、現在の霊火堂は2006年の再建。

消えずの火は無事だったそうです。(というか、もはやその火災の火と混ざってもうたんじゃ・・・

その「消えずの火」が見たかったのですが、式典真っ只中で霊火堂に入ることできず・・・

もしかするともうしばらくして式典が終われば入ることができるかもしれない、ととりあえず山頂を目指すことに。

巨石の宝庫 弥山山頂

弥山本堂&霊火堂がある場所から、弥山山頂までは約10分の登り。

三鬼堂

主神は、大日如来の化身である時眉鬼神(じびきしん)、虚空菩薩の化身の化身である追帳鬼神(ついちょうきしん)不動明王の化身である魔羅鬼神(まらきしん)です。

全員、昭和の暴走族が刺繍してそうな四文字熟語。

弥山の山頂に近づくと、巨石群が登場します。

こちらは「くぐり岩」と名前が付けられています。

万が一、下くぐってるときに落石したらひとたまりもないですね。

標高535mの山頂到着!!

麓から登ってきたであろう山登りスタイルの方たちも沢山休憩されていて、山頂は思いのほか賑わってました。

山頂にも巨石ゴロゴロ。

弥山展望休憩所の上から、周囲の景色を見てみます。

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昨日訪れた呉市方面

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割と最近まで「あまにちし」って見間違えてた廿日(はつか)市方面

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小さなちょこんとした島は黒神島」というそうです。スライム浮いてるみたいでかわいい。

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展望台から見た山頂はこんな感じ。

 

休憩所に着いたのがちょうどお昼どきで、ランチタイムの登山客でいっぱいだったので、景色堪能して写真撮って下山することに。

帰りは、登りとは反対側から降りて本堂に戻ります。

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弥山七不思議の一つ「千満岩」

穴に溜まってる水が、満潮のときには溢れ干潮のときには乾くそう。そしてこの水は実際に塩分を含んでるそうです。舐めて確かめる勇気がある人はどうぞ。(多分、勇気よりも強靭な腸が必要)

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こんな山の上にも鹿さんがいました。宮島の鹿はアクティブだな。

 

そして、本堂に戻ってきましたが・・・

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式典はまだ継続してました。これはもう霊火堂入るの無理だな。

諦めて下山。ロープウェイ乗り継いで、紅葉谷公園抜けて再び厳島神社へ。

(ちなみに、紅葉谷駅に着いたらロープウェイ乗るための割と長い列ができていました。午後以降混むようなので、空いてる午前が俄然おすすめ。)

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朝来たときより、潮が満ちてる。

 

こちら来たとき9時40分の様子。

サクッと頂ける宮島名物

お店に入ってランチを取る予定でしたが、思いのほか弥山で時間が経ってしまったので、簡単に小腹を満たせるものを食べて行くことに。

まずは一つ目。

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明治創業【博多屋】さんの揚げもみじ饅頭。その名も「宮島じゃけえ」

店内にイートインスペースがあったので、そこをお借りして小休憩。山登りで疲れた体に餡子の甘味が染みます。

ふと疑問なのですが、私広島で旅行してて実際に「〇〇じゃけえ」って言ってるの聞いたことないんですが、普通に使う方言なんでしょうか?

菅原文太さんとかが映画で使ってるイメージしかない。(そもそも、ヤ〇ザ映画も観たことないから、完全イメージのみの世界)

miyajimahakataya.com

そして二つ目

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ビッグセット宮島本店さんの牡蠣入りカレーパン。

あ、揚げもんばっかになっちゃった

って買ったあとに気づいた。

文字通り、名物の牡蠣が入ったカレーパン。カレーと牡蠣がケンカすることなくマッチしてて美味しかったです。ただ、これ食べてるときに後ろから鹿さんがやってきて、私のリュックから地図むしり取ってムシャムシャしだして

わー!地図返してー!ってか紙食べないでー!

って慌てふためいたため、正直ゆっくり味わうどころじゃなかった・・・

tabelog.com

宮島と言えばのもみじ饅頭と牡蠣(カレーパンの具材としてだけど)も食べれたところで、広島市内へ戻ります。

おまけ

ライブ会場は広島グリーンアリーナ

スマホで電子チケットを表示させて入場するんですが、チケット見せたあとに持ち物チェックで

カメラお持ちじゃないですか?

って聞かれて

・・・これ(スマホ)についてますけど

と言いたくなりました。このご時世にその質問は意味なさんだろ。

アリーナ席だったんですが、後ろの方だったため、前の人たちの背中&頭でほぼ見えず。(身長156センチの私にとっては、スタンド前方の方がよほど良席)

こういうときに、一瞬だけ180センチになりたいって思う。

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そうだ!まだ穴子食べてないじゃないか!

ということで、駅弁であなご飯食べながら大阪に帰りました。

 

 

宮島観光②豊国神社(千畳閣)・五重塔・紅葉谷公園(2022/5 広島旅行)

広島2日目。宮島観光。

前回の記事はこちら。

iechiko.hatenablog.com

 

厳島神社を拝観し、続いて豊国神社(千畳閣)&五重塔へ。

厳島神社の裏手に保管されていた古い倒木。

1174年に後白河法皇が参詣された際、お手植えされた松の木だそうです。

千畳閣と五重塔は少し高台にあるので、階段を上ります。

龍ぜんの松

五重塔に上がる階段手前にお茶屋さんがあり、その前に植樹が1800年代という立派な松の木がありました。

五重塔

1407年建立。高さは27.6m。
内部は、内陣天井に龍、外陣天井に葡萄唐草など極彩色に彩られてるらしいですが、一般拝観は不可。

ご本尊は明治の神仏分離令により、厳島神社を出たところにある大願寺に移されました。

こちらがその大願寺。ここで、おもいっきり二拍手して参拝している男性がいらっしゃいました。拍手の音がやたらでっかくて凄い響いてたんですが、恐らく周りにいたみんなが

いやここ、お寺やし・・・

と思っていたに違いない。

豊国神社(千畳閣)

1587年豊臣秀吉安国寺恵瓊に建立を命じた経堂。

宮島内で最も大きな木造建築で、857畳分の広さがあることから「千畳閣」と呼ばれています。(43畳は誤差の範囲)

秀吉の死により、未完成のままの状態なんだそうです。完成形はどうなる予定だったんだろう。

拝観料100円。入ろうとしたんですが、小銭がなくて1000円出したら、小銭のお釣りがないと言われ拝観できませんでした・・・うっそん。

仕方ないので、周囲をぐるりと1周。外からでも中の雰囲気はうかがえるので、これでよしとしよう。10年前に来たときに一度入ったし。

中に入れない代わりに、足場をのぞき込むという楽しみ方をして、千畳閣をあとに。

この時点で、まだ時刻は10時半。まだ市内に戻るには早いので、予定にはなかったんですが厳島神社と共に世界遺産に登録されている弥山に登ることにしました。

紅葉谷公園

十数年前に来たときは、麓から登山で登ったんですが(思いのほかしっかり山登りで汗だくになった記憶が。)今回はロープウェイを使います。

(ただし、弥山はロープウェイで山頂まで行ける訳ではなく、獅子岩駅までロープウェイに乗ったのち、30分山登りが必要です。帰りに、凄く小さいお子さんとか、赤ちゃん抱いたご夫婦とかロープウェイで上がって来てるのを見て、大丈夫かいな?と勝手に心配になりました。まぁ、駅の展望台から景色だけ見て帰るのかもしれんけど)

ロープウェイ乗り場へは、紅葉谷公園内を通って行きます。

名前の通り、公園内には約700本もの紅葉の木があるそうです。紅葉の時期はさぞ綺麗なことでしょう。

どうでもいいけど、「モミジ」と「コウヨウ」って漢字一緒だから「コウヨウしたモミジ」って「紅葉した紅葉」になるんですね。←ほんとどうでもいい。

春の緑も十分綺麗。

ロープウェイ紅葉谷駅までは、公園内を約10分ほど歩きます。
後半、ちょっと上りですがこのあとの弥山での登りを考えたらかわいいもんです。

なお、公園の入口らへん(だったと思う)からロープウェイ駅行きの無料送迎バスが20分間隔で出ています。

宮島ロープウェイ

ロープウェイの利用案内

  • 弥山山頂までのアクセス:紅葉谷駅から8人乗りの小さめロープウェイに乗り、途中の榧谷へ。そこで30人乗りの大きなロープウェイに乗り換え、獅子岩へ。その後徒歩にて、山頂まで約30分。
  • 運賃:大人往復1,840円(片道1,010円)小人往復920円(片道510円)
  • 営業時間:9:00~16:00(下り最終16:30)

ロープウェイ乗り場に着いたのは11時前。この時間帯は空いていて、全く並ぶことなく、しかも前半の8人乗りは1組ずつ案内してもらえました。

これ、一人で貸し切り。

紅葉谷駅から榧谷駅までは、スキーのリフトみたいにこの小さいのが循環してるので、1分間隔ですぐに乗れます。

約10分間の空の旅。一旦下車して、榧谷駅から獅子岩駅のロープウェイに乗り換え。

こちらは約15分間隔で運行しており、乗車時間は約4分。

瀬戸内海の島々。

そして、獅子岩駅に到着です。

(これはロープウェイ紅葉谷駅で撮影した看板)
ここからまずは弥山本堂&霊火堂まで約20分。さらにそこから頂上まで約10分。

数多くのパワースポットが点在しているということで、パワーもらいに行こうじゃないですか。

(実際は、ライブ前にまぁまぁ体力消耗したんやが)

目的地・・・遠いな・・・

次回に続く。

miyajima-ropeway.info

 

 

 

 

宮島観光①【世界遺産】厳島神社(2022/5 広島旅行)

福山雅治さんのライブ広島遠征、2日目。

本来の目的のライブは、この2日目の16:00から。

ということで、ライブまでは観光で広島を楽しみたいと思います。

行先は、広島と言えば!の定番観光スポット厳島神社です。

小学6年生の修学旅行(奈良・京都に修学旅行って地域も多いかもしれませんが、何せそこが地元ゆえ奈良の小学生は広島に行くことが多かった気がする。今はどうか知らないですが。)と、12~3年前にも訪れたことがあるので、この度3度目の訪問です。

 

厳島神社までのアクセス

厳島神社があるのは宮島。ということで、駅からフェリーでのアクセスとなります。

(あとは自力でクロール。別に平泳ぎでもいいけど。バタフライはしんどいからおすすめしません。)

フェリー乗り場の最寄り駅はJR広島電鉄、2つあります。

・JR広島駅からJR山陽本線宮島口駅(所要時間約30分。運賃420円)

・広電広島駅(路面電車)で広電宮島口駅(所要時間約70分。運賃270円)

広島駅からならJRの方が断然早いです。ただ運賃は広電の方が安い

私は、駅から広電で10分ほどの場所にある「紙屋西」駅近くのホテルに泊まっていたので、一旦広島駅に出るのも面倒で路面電車で行きました。

(小1時間かかったので、時間効率はJRの方がよかったのかもしれませんが、広島駅に出るのが面倒だったのと単に路面電車に乗りたかった。)

あと、JR宮島口駅と広電宮島口駅は5分ほど離れており、広電の方がフェリー乗り場には近いです。

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広電宮島口駅は、新たに新設中でした。かなり大きな駅になるみたい。

 

フェリーはJR西日本宮島フェリー宮島松大汽船の2社が運航しています。

それぞれ15分おきに出航しているので、実質5分毎にフェリー出てます。

どちらでも片道180円。当たり前ですけどね。こんな隣り合って価格設定違う訳がない。ICカードで乗船可能でした。

フェリー乗り場から、早く出る方に乗り込んだらJRでした。(確か帰りは宮島松大汽船だった気がする。)

約10分で宮島に到着です。

宮島について

瀬戸内海に浮かぶ宮島は、正式名称を厳島といいます。島の周囲は約30キロ。(フルマラソンより短い距離やと、島1周走ってみたくなる。)

ウィキペディア師匠によると

人口1800人余りの島に国内外から年間300万人を超える参拝客及び観光客が訪れている

島の全域(周辺海域を含む)が1934年昭和9年)に瀬戸内海国立公園編入され、自然公園法が定める特別保護区域となっている。

とのことです。

フェリー乗り場前の広場には、厳島神社を厚く庇護した平清盛さん。
頭超小さい。

厳島神社は、京都の天橋立宮城の松島と並ぶ日本三景の一つです。

松島だけまだ行ったことない。

加えて、1996年に世界遺産に登録されています。

我が故郷奈良同様、鹿が多数生息しています。これまたウィキペディア師匠情報によると

厳島は約6,000年前縄文海進により本州と離れ離島化したが、その際に本土側の鹿の個体群から分断したものが宮島の鹿の起源であると考えられている[1][2]。のち本土側個体群の分布域が縮小して厳島の対岸側には鹿が生息しなくなったことで厳島のものが孤立化した[1]

だそうです。奈良の鹿は神の使いとされていますが、宮島の鹿はそのような言い伝えはないそうです。だからか・・・奈良の子に比べて宮島の鹿はちょっと狂暴な気がする・・・私も座って休憩中に、後ろから近づいて来た子にリュックのポケットに入れてた地図むしり取られました。

わー!紙食べちゃダメだよー

って引っ張り返したけど、ものすごい勢いで咀嚼してたから取り返せませんでした・・・いや、これは背後の鹿に注意を怠った私の落ち度です。変なもん食べさせてごめん、鹿さん。

あ、でもそういや中学の写生大会のときに必ず鹿に弁当食べられてる子おったな。

奈良の子も宮島の子も、人のもん取りに来るのは一緒か。宮島の方が狂暴とか言ってごめん。

ちなみに、帰りに行列のできる鹿に大人気の店を見つけました。

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多分、鹿版ミシュランに載ってるんやと思う。

(しばらく見てたら、店主の方が野菜の切れ端を持って出てきたのでそれを待っていた子たちでした。ちゃんと並んで待ってるところが賢いやないか。凶暴とか言ってごめん。)←2度目の謝罪。

世界遺産 厳島神社

厳島神社の歴史

厳島神社主祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の三女神。

創建は、推古天皇が即位した593年とかなり歴史の古い神社です。その後、平清盛が厚く庇護し、1168年に現在の規模に造営。

平家の滅亡後も時の権力者の崇拝され、豊臣秀吉が九州遠征の途中に参拝し、大経堂(現 千畳閣)の造営を行っています。

厳島神社のシンボル大鳥居

フェリーターミナルから約10分ほど歩くと鳥居が見えてきます。

ですが、厳島神社のシンボルである鳥居はこれではありません。

厳島神社と言えば、海の上に浮かぶ大鳥居。これを見ずして、厳島神社を語れようか、いや語れない。

そんな大鳥居の姿がこちら。

じゃん。現在、絶賛修理中です。はい、知ってました。承知の上来てるので、別にがっかりとかないです。

令和元年6月よりこちらの大鳥居は修理工事が行われています。しかし朗報です。

年内には工事が終わり、足場の撤去もされるそう。日程はまだ未定のようですが、大鳥居がぜひとも見たい方は年末~来年年明けあたりならリニューアルした大鳥居を鑑賞できるのではないでしょうか。

ちなみに、私初めて来た小6のときも台風被害の後の修繕とかで、鳥居見れなかった記憶があるんですよね。3回来て2回修理してるとかなかなかの確率ではなかろうか。

鳥居の長さは約24.2メートル、高さは約16.6メートル。柱は地中に埋まっているのではなく、砂地の海底に置かれていて、推定60トンとされる自らの重みで建っています。

ちなみに、いただいたパンフによると60トンはオスのアフリカゾウ10頭分らしいです。

いや、ゾウさんの重さ凄いねっていう方に意識行ってもた。

木造の鳥居としては日本最大で、奈良の春日大社敦賀気比神宮の大鳥居とともに「日本三大大鳥居」だそうです。

社殿

海の中に建つ神社・・・ですが、引潮のため普通に陸地に建って見えます。

恐らく、台風被害などの度に修繕が行われているからか、境内は新しく朱色も鮮やかです。

高舞台

右楽坊

左楽坊

高舞台で舞楽を行い、左右の楽坊で楽器を演奏します。

舞台から海の方を見ると、鳥居が見えます。心の眼には朱色の立派な鳥居が映っています。

物凄く笑顔に見える狛犬

初詣以来、今年2度目のおみくじ引いてみました。
何か全体的にとてもいい感じじゃないですか。特に気になる「建家」

なぜなら来月頭に引っ越しをするんです。結果は「家移り、よし」うん、よしよし。

新しめの朱色の建物の中で、歴史を感じさせる能舞台
元々は毛利元就が造営・寄進したもので、現在のものは1680年に再建されたものだそうです。

反橋

天皇が派遣する勅使が参拝の際渡ったと伝わることから、別名「勅使橋」とも言われます。1557年毛利元就・隆元親子によって再建されました。

 

厳島神社自体はさほど大きな社殿ではないので、おみくじ引いたり、御朱印頂いたりした時間込みで20分強で拝観終了。

まだ時間は10時過ぎ。宮島観光続きます。

厳島神社の利用案内

  • 拝観料:一般300円、高校生200円、小・中学生100円
  • 開館時間:時期によって異なるため、詳細はHPをご確認ください。

www.itsukushimajinja.jp

呉市観光『大和ミュージアム』&『てつのくじら館』(2022/5 広島旅行)

(2022/5 広島旅行)福山雅治さんのライブ遠征がてらの広島旅行。

前回の記事はこちら。

iechiko.hatenablog.com

新高山城のスタンプをもらったあと、本郷駅で小1時間電車を待ち、続いてへと向かいます。

本郷からJR山陽本線・広島行きに乗り、海田市でJR呉線に乗り換え。約1時間20分ほどでした。

海軍の街として栄えた呉市

ここに来た理由は大和ミュージアム

呉市は戦前は海軍の重要拠点として、人口40万人を超える都市でした。その礎となったのが、1889年に置かれた「呉鎮守府1903年に置かれた「呉海軍工廠です。

海軍工廠というのは、艦船や兵器などを製造する軍需工場のことで、この呉海軍工廠では戦艦「大和」が製造されました。

海軍工廠は、現在「ジャパンマリンユナイテッド呉造船所」となって船舶の建造を行っているそうです。

ウィキペディア師匠で調べてたら、呉鎮守府の通称が呉鎮(くれちん)って書いてあった。軍関係の施設としてどうなん、その通称・・・)

駅も大きく、駅前にはショッピングモールやマンションが建っていて、失礼ながら思っていた以上に

都会や・・・

という印象。現在も海上自衛隊呉基地があるようなので、自衛隊関係者の方々が多く居住されているんでしょうか。

大和ミュージアム

呉駅から通路を通って、ゆめタウン呉というショッピングモールの中を抜けて外に出るとミュージアムの外観が見えました。

駅から徒歩5分ほどで到着です。

これは・・・ギリシア神話の海の神 ポセイドン・・か?

戦艦「陸奥」に搭載されていた41センチ砲。「陸奥」の建造当時は世界最大の艦船砲だったそうです。

ミュージアムには「呉の歴史」「大型資料」「船をつくる技術」「未来へ」の4つの展示室と、戦艦「大和」を10分1サイズで再現した「大和ひろば」があります。

大和ひろば

全長26.3m、幅38.9mの戦艦大和は1941年に就役し、当時世界最強と謳われていました。

よく見ると、模型の上に人形が立っているので、その大きさと比較しても相当な大きさだったことが分かります。

大和は、1945年4月7日沖縄へ海上特攻隊として向かっている途中、米軍の攻撃を受け沈没。3332人の乗船者のうち、生存者はわずか276名。3056名の方々が命を落としました。

吹き抜けになってるので、上の階からも見下ろしたり、色んな角度で鑑賞できます。

「呉の歴史」展示室

1Fの展示室「呉の歴史」では、軍港として栄えた呉の街や戦艦「大和」をはじめとする戦艦の歴史、戦時下での生活などが紹介されています。

そして、戦艦大和に乗船した方たちの写真と名前がずらりと並んでいます。

その他、大和以外の戦艦での訓練中や航行中に命を落とした方の遺書なども展示されています。

超文系の私には、工学的な解説はほぼ理解不能ゆえ、戦艦模型の展示は単に「わー。かっこええなぁ」と子供じみた感想で終了。

しかし、実際の遺書や写真、名前、戦況を開設するビデオ映像は心にずしんと来るものがあります。

そもそも私が好きで訪れてるお城や、史跡だって日本の戦の歴史の基に存在しているので、そこで名前も分からぬ多くの武士たちが命を落としている訳です。(しかも日本人同士で争って。)

なので、ここで紹介されている方たちだけが戦時中に命を落とした訳ではないんですが、やはり世界大戦に関する資料は写真や映像が残っているだけに、現実感を帯びていて哀悼の気持ちが強くなります。近現代以前の戦乱は、事実なんだけどある種物語として捉えてしまってる節がある。命が失われたという事実は同じなんだけど。

あと、やはり祖父母が生きて体験していたというのも大きいと思います。

私が小学生の頃は、必ず「夏休みにおじいちゃん・おばあちゃんから戦争体験を聞いて感想文を書きましょう」という宿題がありました。

今の子供たちって、おじいちゃん・おばあちゃんがもう戦後生まれの子が多いからこの体験ができないんですよね。今改めて貴重な体験だったんだなぁと思うと同時に、恐らく小学生の私には話せないようなこともあったんじゃないかと思います。

長崎の原爆で家族や友人を失った祖父母の話、大人になって聞くことができたら良かったなと今更ながらに思います。

「船をつくる技術」展示室

1Fの展示室をじっくり見ていたら、思いのほか時間が経っていて上の階はほぼ通りすぎるだけ状態に。

急にポップな色あい。船を中心とした科学技術の原理が、体験コーナーなどを通じて分かりやすく説明してくれてます。

人の死に繋がる技術と歴史を散々見たあとなので、妙に心が和みます。

展望テラスからは呉湾が一望できます。

後半だいぶ駆け足ながら、貴重な資料を見ることができて非常に勉強になりました。

大和ミュージアムの利用案内

  • アクセス:JR呉駅から徒歩約5分
  • 入館料:一般500円、高校生300円、小・中学生200円
  • 開館時間:9:00~18:00(展示室入館は17:30まで)
  • 休館日:火曜日(火曜日祝日の場合は翌日休館)

yamato-museum.com

てつのくじら館

続いて向かったのが、大和ミュージアムと道路を挟んで向かい側に建っているつのくじら館(会場自衛隊呉資料館)

見た目のインパクトは日本一のミュージアムだと思う。

こちらでは、実際に昭和60年から平成16年まで運航していた潜水艦「あきしお」の内部を見学することができます。日本では唯一ここだけだそうです。にも拘わらず入館料無料!

海上自衛隊の歴史や、機雷を除去する掃海艇の活躍、潜水艦の活躍に関する展示も見れます。

潜水艦の船内の様子や、掃海艇の構造などが模型やパネルで詳しく解説されていて、非常に分かりやすかったです。潜水艦なんて映画やドラマでしか見たことなかったので、本物の船内に入って、見学できたのはとても面白く貴重な経験でした。

こちらも見どころたっぷりでしたが、閉館まで1時間弱しかなく、じっくり見れなかったのが残念。

既に閉まってたのですが、カフェではカレーが食べれた模様。ショップでお土産にレトルトで買って帰りました。(自分用じゃなくあげるようにですが・・・)

てつのくじら館の利用案内

  • アクセス:JR呉駅から徒歩約5分
  • 入館料:無料
  • 開館時間:9:00~18:00(展示室入館は17:30まで)
  • 休館日:火曜日(火曜日祝日の場合は翌日休館)

www.jmsdf-kure-museum.go.jp

三原駅や本郷駅で電車の待ち時間が多かったため、ここで過ごせる時間が少なかったのですが、本来もっと時間に余裕を持ってくるべき場所かと・・・

(呉カレーのお店もいくつかあるようでしたし。食べてみたかった)

余談ですが、博物館に夢中で、一切休憩なく水分もほぼ取らずに過ごしたせいか、広島行きの電車内で脳貧血起こして危うく倒れかけました。あぶねぇあぶねぇ。

駅から割と離れたホテルとってたので、市電に乗れば早く着いたんですが、もう乗り物に乗りたくなくて、少し座ったあとひたすら歩いてたらすっかり元気になりました。

広島名物を食べようと思ってたんですが、ホテルの部屋でゆっくりしたかったので結局コンビニ冷麺が晩御飯。まぁ、旅行で食に時間とお金をさほどかけないけど、さすがに何か名物的なもの食べたかったわ。

水分補給、大事。まじ、大事。