えちこの旅ブログ

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王妃・ネフェルタリの為に建造された『アブ・シンベル小神殿』|2024年1月エジプト旅行⑫

阪急トラピックスさんの『【エミレーツ航空利用おひとり様参加限定】感動のエジプト ナイル川クルーズ8日間』に参加し、人生初のソロ海外旅行デビュー。

アブ・シンベル大神殿を見学した後は、お隣にあるアブ・シンベル小神殿へ。

iechiko.hatenablog.com

ラムセス2世、最愛の王妃ネフェルタリ

アブ・シンベル神殿を建造したラムセス2世には、50人以上もの奥さんがいたと言われていますが、その中で最も愛された王妃、それがネフェルタリ

ネフェルタリとは「美人の美人」という意味。

アブ・シンベル小神殿は、そんな最愛の妻・ネフェルタリハトホル神の為に建てられた神殿です。

神殿の正面には6体の像。

右からラムセス2世・ネフェルタリ・ラムセス2世・ラムセス2世・ネフェルタリ・ラムセス2世。

ファラオ、べっぴんさん、ファラオ、一つ飛ばして、べっぴんさん。

通常、ファラオよりも、妻や子供などは小さく像が造られますが、この神殿ではファラオであるラムセス2世と、妻のネフェルタリが同じ大きさで造られています。

(足元の彼らの子供たちは、小さいサイズで刻まれています。)

大神殿では、ラムセス2世は自らも神として至聖所に並んでいました。

そのラムセス2世と同格の像ということは、ネフェルタリも神として扱われていることを意味します。

小神殿内に描かれたハトホル神

入口を入ると、大神殿と同様列柱室があります。

ハトホル神が彫られたハトホル柱。

ハトホル神は、愛や美、子孫繫栄、母性など女性にまつわる事柄の守護神とされ、ギリシャのアフロディーテと同一視されました。姿は、頭に牡牛の角を生やし、太陽円盤を乗せた姿で表されることが多い神様。

柱の他にも、神殿内にはハトホル神が描かれたレリーフが多数あります。

真ん中はネフェルタリ。その両側にハトホル神。

ネフェルタリの頭には、牡牛の角(ハトホル神)と太陽円盤(ラー神)、羽(アメン神)がついた冠が描かれており、3柱の神様に守られていることが表されています。

そして、手には前回ご紹介した命の鍵を持っています。

ガイドさんの説明を聞いて、神様を表すモチーフや、よく登場する図柄が分かると、レリーフに描かれている内容が理解できて面白い!

と言っても、レリーフには膨大な情報が描かれているので、理解が及ぶのはごく一部ではありますが。

完全に牛の姿で描かれたハトホル神。角の間に太陽円盤が描かれています。

じっくり壁画を見学していたら、気づけば同じツアーの方たちはほとんどいなくなっていました。

でも、集合時間まではまだ時間に余裕があったので、もう少し神殿周辺を散策。

大神殿と小神殿を一つの画角に入れてみた

巨大な2つの神殿。

どうにかこれを一つの画角に収めたい、とベスポジを求めて神殿から距離を取ってみる。

うーん・・・小神殿が切れる。

更に神殿から距離を取る。そして見つけました。一つの画角に収まるエリア。

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恐らく、夜に行われるアブ・シンベル神殿音と光のショーの観覧席と思われる場所の後ろ側。ここからならiphoneで大・小2つの神殿を1枚に収めることができました。

ま、ただ大神殿は影になってしまい、ラムセス2世像ほぼ見えてないけどね。

音と光のショーは、アブシンベルに1泊するツアーだと見学できるのですが、我々は日帰りの為、ショー見学はなしです。

ワンコ、めっちゃカメラ目線。

現代のアブ・シンベル神殿の主と思しきワンコと戯れてみた。f:id:iechiko:20240225173217j:image

待って、待って~(一人、神殿前で犬を追いかける不審者日本人1名)

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日陰に鎮座。

これはもはや、スフィンクス像を彷彿とさせる姿!!

誰かが餌をあげているのか、食べ物くれくれ、と寄ってくることもなく、むしろ人間にさほど興味がない感じのワンコ。しばらく眺めたのち、さよならを告げて神殿前をあとに。

集合場所は、神殿のビジターセンターだったのですが、そこまではぐるっと神殿の周りを歩きます。

何も遮るものがなくて暑い!冬のエジプトは、朝晩の寒暖差がかなり大きいです。ただ、暑いといっても30度まではいかないし、乾燥しているので、日本の夏のようなジメっとしたムシムシ感はありません。

ビジターセンターでアブ・シンベル神殿の移築作業を見る

ビジターセンター内では、アスワンハイダム建造時に行われたアブ・シンベル神殿の移築作業の様子がパネルやビデオで解説されています。

アスワンと、アブシンベルの位置関係がよく分かる地図。

オリジナルのアブ・シンベル神殿の場所は、今はナセル湖の中。

移築作業の様子。何やかんや、あーして、こーして、

1970年、新しい場所に2の神殿が並びましたとさ。

いやー改めて、あの神殿を切り分けて元の形に再建築した技術者の方たち、本当にありがとうございます。お陰で素晴らしいものを見る事ができました。

ミニチュア アブ・シンベル神殿。

世界のランドマーク年表。こういうの見るの好き。

ここに紹介されている遺跡、全部行きたい。

神殿見学のあとはバスに乗り、アスワンまで3時間かけて戻ります。

今日から3泊は、ナイル川を運航するクルーズ船に宿泊。

早朝(っていうか深夜)起きで、長距離移動の1日。アスワンに到着したらすっかり夜になっており、結構お疲れモード。

ただ、船に乗る前に香水瓶のお土産屋さんへの立ち寄りがありました・・・

香水瓶は、エジプトの定番お土産の一つで、私も昔友達にもらったことがあります。

可愛いくて、しばらく部屋に飾っていたんですが、落として割っちゃったんですよね。

そもそも、実用品以外のお土産を購入する気がほぼない私。(まぁ、香水は実用品ではあるけれども、つける習慣ないもので)

香水瓶作成の実演や、お店のお姉さんによる香水の日本語説明などは、それなりに良かったんですが、いかんせん疲れていて「早く船に行きたいな・・・」っていう気持ちが勝ってました。

でも、これもツアーに参加したら仕方のないこと。お土産を買っている方からしたら、必要な立ち寄り場所ですしね。

お土産屋さんでしばし過ごした後、ようやく船へ。今日、めっちゃ起きてるわー

(とはいえ、アブシンベルからアスワンまでの移動中、バスでそこそこ寝てたけど。)

5日目以降は、クルーズ船でナイル川移動をしながら遺跡観光です。

巨大なラムセス2世像が圧巻の「アブ・シンベル大神殿」|2024年1月エジプト旅行⑪

阪急トラピックスさんの『【エミレーツ航空利用おひとり様参加限定】感動のエジプト ナイル川クルーズ8日間』に参加し、人生初のソロ海外旅行デビュー。

建築王・ラムセス2世

4日目の午後は「アブ・シンベル神殿」見学。

アブシンベル神殿は「アブ・シンベル大神殿」「アブ・シンベル小神殿」の総称。

崖をくりぬいて建造された岩窟神殿です。

建造時期は、エジプト新王国時代

第19王朝のファラオ・ラムセス2世によって建造されました。ラムセス2世の統治時期は紀元前1250年頃、今から約3300年前。

前日に見学したピラミッド群が、約4500年前の古王国時代の建造物だったので、1000年以上もぐぐっと時代が進みました。

ラムセス2世は、在位期間が66年10か月と非常に長いファラオでした。

また「建築王」とも呼ばれており、自身の像や神殿など数々の建築物を建造しています。

数ある建造物の中でも有名なのが、今回ご紹介するアブ・シンベル神殿。

「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」として1979年に世界遺産にも登録されています。

4体並ぶ圧巻のラムセス2世像

アブ・シンベル神殿はナセル湖沿いにある遺跡の一つ。

前回ご紹介したアスワンハイダムを建造するにあたり、水没の危機が生じました。

iechiko.hatenablog.com

ですが、ユネスコの国際キャンペーンにより、神殿はブロック状に切断され、もとの位置より約60メートル上の位置に移動。

無事、水没を免れることができました。

アスワンハイダムで見たナセル湖。バスで3時間走ってきたのに、まだここにも広がっている。数字じゃいまいちピンと来ていなかったけど(ダムの体積は東京ドーム約164個分で、ナセル湖の面積は琵琶湖の7.5倍)その大きさを肌で感じました。

神殿の裏側がら、ぐるっと回るように歩き、正面側へ。

「おぉぉぉぉ!」と思わずみんな声が出る。

そしてガイドさんも感動を一言。

「こんなに人が少ないアブ・シンベル神殿見たことありません!!」

確かに。全然人がいない。

大神殿の正面には像が4体。像の高さは20m。これ、全部ラムセス2世。

どんだけ自分好きやねん。

左から2番目の像だけ崩れてしまっています。2000年以上前に雷が落ちた、または地震によって崩れたと2つの記録が残っているそう。

崩れた落ちた像が残っています。

ラムセス像の上には、ヒヒの像が並んでいます。

またラムセス像の間には、ハヤブサの頭に太陽円盤を乗せたラー・ホルアクティ神が彫られています。

写真ではちょっと分かりにくいですが、手には「命の鍵」(神殿の鍵)を持っています。

この命の鍵をモチーフにしたキーホルダーはお土産屋さんでも売られており、私も購入しました。

これ、命の鍵。

ラムセス2世像の足元にいる小さな像は、奥さんの像。

ラムセス2世は分かっているだけで50人以上の奥様を持ち、204人の子供がいたそうです。

少子化とは無縁の男・ラムセス2世。

この壁画は、2人の人物が持つパピルスと蓮が結ばれており、下エジプト・上エジプトが統合されて一つの国になったことを描いています。

人物の間に角の取れた長方形がありますが、これは「カルトゥーシュ」と呼ばれるもの。

王の名前は、このカルトゥーシュの中に刻まれています。

もちろん、ここに彫られているのはラムセス2世の名前の一つ。

下にもカルトゥーシュの中に彫られた名前。異なる文字ですが、両方ともラムセス2世の名前。

その下には、捕虜の姿。

神殿所内(列柱室・レリーフ・至聖所)紹介

神殿の入口前でガイドさんから説明を聞いたあと、自由時間。神殿内を見学します。

入口を入ると列柱室。

オシリス神の姿で表されたラムセス2世がずらり。

ラムセス2世の有名な偉業が、当時小アジアと呼ばれたエリア(今のトルコあたり)にあったヒッタイト王国との戦い。

紀元前1274年「カデシュの戦い」と呼ばれるこの戦いの様子を描いたレリーフが、大列柱室の壁に描かれています。

戦車に乗って戦うラムセス2世の姿。
よく見ると、馬の脚は前後4本ずつ。ラムセス2世の腕も2本ずつ描かれています。

これは、躍動感を表した、言わばアニメーション!

このカデシュの戦いで、ラムセス2世は敵のスパイの罠にはまり、気づけば自分の周りに味方はおらず敵ばかり。その数2500人!

それをラムセス2世は孤軍奮闘し、バッタバタと敵をなぎ倒しました。(と言われている。)

なお、その後エジプトはヒッタイトと和睦を結び、これが世界最古の和平条約と言われています。

神殿内の壁には、一面にレリーフが彫られています。

読める 読めるぞ!

とムスカ大佐ごっこし放題。

神殿内にはいくつかの側室があり、その内部にもレリーフが彫られています。

ライトアップされて、雰囲気出ています。

そして、本当に我々ツアー一行以外全然人がいないので、静かで神聖な雰囲気が増していました。

大神殿の奥は至聖所

至聖所には、4柱の神々が祀られています。

左からプタハ神・アメン・ラー神・ラメセス2世・ラー・ホルアクティ神。

ラムセス2世自身も神として、こちらに鎮座しています。

2月21日と10月21日の年に2回、太陽が昇ると、ちょうどこの至聖所の神々の位置に太陽光が差し込む構造になっています。

神殿の位置は移動しましたが、ちゃんとそれも計算して再建築されています。

が、その時は物凄い人だかりで、神殿内もギューギュー詰め状態らしい。

そんな状況じゃ、レリーフもゆっくり見れないだろうし、神聖な雰囲気も感じられなさそう・・・

神々は人工ライトで照らされているんで、太陽光が差し込んでいる雰囲気は十分味わえました。

うん、これで満足です。

次回は、お隣にあるアブ・シンベル小神殿をご紹介します。

おまけ

小神殿への移動中、わんこ、落ちてた。

ギザからアスワンへ。アスワンハイダムと可愛すぎるワンコ|2024年1月エジプト旅行⑩

阪急トラピックスさんの『【エミレーツ航空利用おひとり様参加限定】感動のエジプト ナイル川クルーズ8日間』に参加し、人生初のソロ海外旅行デビュー。

夜中起床で、ギザからアスワンへ

ツアー4日目。

この日は、最もハードなスケジュール。

ギザから国内線でアスワンに向かうのですが、その飛行機の時刻が朝の6:30発!!

早朝フライトに乗る為、ホテルの出発が3:30!!

顔面制作諸々必要なので、起床は2:40!!

漁師さんか、新聞屋さんか、パン屋さんか、朝ワイドショーMCのアナウンサーかってレベルです。

(意外と早起きのお仕事の人って沢山いるよね。皆さん、朝早くからお勤めご苦労さんです。)

まだ真っ暗な中、でかいトランク転がす姿は、もはや完全に夜逃げです。

時差ボケもあってか、この2日間何度も夜中に目が覚めていて、完全に寝不足ではありますが、今日も1日遺跡巡り楽しむぞー!

朝早すぎて、この日の朝ごはんは前日にBOXでもらいました。

ただ、その量が多すぎ問題・・・パン(確か4つぐらい入ってた。)ヨーグルト、リンゴ丸ごと(これが一番困った・・・)ジュース。

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もらった朝ごはんをもぞもぞ食べたりしながら、ボーディングを待つ。

国内線はエジプト航空。

カイロ空港からアスワンまでは約1時間半のフライト。

空港到着後、バスに乗ってまずはアスワンハイダムを目指します。

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この日のバス「赤いバラ号」

ここでエジプトのバス事情について、お伝えします。

今回エジプトのバスに乗って、日本の高速バスの設備が、いかに整っているかを思い知りました。

バスにもよりますが、基本前の座席に荷物入れのネットが無いものが多い。テーブルももちろんない。ドリンクホルダーもない。

1度か2度、ドリンクホルダーが付いているバスに当たりましたが、穴が絶妙なサイズ過ぎて、通常のペットボトルは入らず。機内でもらった小さいサイズのペットボトルは素通りする。

いや、何入れるためのホルダーやねん!ってみんなで突っ込まざるを得ない仕様でした。

また、シートベルトが固い、引っ張り出せない、もあるある。

一気に引っ張ってホルダーに差し込まないと、途中で止めたらそこでロックかかって動かなくなる。再度戻して引っ張る。途中で止まる。また戻して引っ張る・・・(以下エンドレス)となります。

あと、伸び切ったシートベルトに当たったこともありました。万が一何かあった時は、ベルトの意味はなく、完全に前の座席にダイブです。一応、そんなシートベルトでもしておきましたけどね。

あと、(何個出てくんねん)カーテンを閉めた時に止めるようなマジックテープはないので、隙間からがっつり日差しが入ってきます。

私は、両側のカーテンをヘアピンで止め、更にもっていたスカーフを頭から被るヒジャブスタイルで日差しを防いで過ごしました。

何やかんや言いましたが、結局言いたい事は、旅の不便は工夫と諦めで乗り切ろう。

世界遺産を生んだ「アスワンハイダム」の存在

中学生の社会で習った記憶があるアスワンハイダム

幅3600メートル、高さ111メートルもある巨大なダムです。

日本ダム協会(今日、存在を初めて知った)のHPによると、世界第3位の貯水池容量を誇るそう。

1970年、ソ連の協力によって完成しました。

世界遺産検定試験の勉強中にも、アスワンハイダムの名前が出てきました。

(7~8年ほど前に、世界遺産検定2級取った人。)

そもそも、世界遺産ができるきっかけになった、とも言えるのがこのアスワンハイダムの建設。

ナイル川の氾濫防止と、灌漑用水確保のために計画されたダムですが、このダムを作ることで、この周辺、ヌビア地方のナイル川沿いにある遺跡群がダム湖に水没してしまう危機が訪れました。

当時のエジプト大統領・ナセル大統領は、ユネスコに救済を依頼。

ユネスコによって遺跡救済キャンペーンが行われ、遺跡はダムの影響がない場所へと移築されました。

この事例をきっかけに、世界的に価値のある遺産をその保有する国だけなく、人類全体で守ろうという機運が高まり、1972年のユネスコ総会で「世界遺産条約」が採択されました。

アスワンハイダムが無ければ、今は一つの観光地要素ともなっている「世界遺産」という枠組みは、存在していなかったかもしれません。

アスワンハイダムの仕組み。

・・・うん、すいません、よく分からんです。

ダムの上流には全長500キロもの人工湖・ナセル湖があります。

地球の歩き方「エジプト」の解説によると、ダムの体積は東京ドーム約164個分で、ナセル湖の面積は琵琶湖の7.5倍だそうです。

なるほど!(実際は、全然ピンときていない)

とりあえず、凄くでかいという事です。

ただ、この場所で最も私の心を奪ったものは、ダムでもナセル湖でもなく・・・

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わんこ!ダムにいたワンコ!

ダムをバックに俺を撮れ!と言わんばかりにポージング。

日陰でのんびりしてる子もいれば・・・

可愛すぎる子犬もいた。何ですか、君たちは!

アスワンハイダムのマスコットキャラクターですか?

加えて、後ろ姿のお姉さん(ツアーご一緒の方ではありません。)の背中がセクシーな感じで映り込んでしまいました。すいません。(下着、見えてないからセーフとさせてください。)

そんな目をされたら、連れて帰りたくなるがなー
ダム見学よりも、ワンコを愛でるのに忙しい場所でした。

砂漠が広がる道をひたすら走る

ダム見学のあとは、次の目的地「アブシンベル神殿」を目指してバスはひたすら走ります。

車窓に流れるのは、ただただ砂地。

途中、北回帰線ポイントにストップ。
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北回帰線って、何だっけ?と思って改めて調べてみた。

地球の表面の緯度23度26分の所に赤道と平行に引いた線。 北半球を通るものを北回帰線,南半球を通るものを南回帰線という。 北回帰線上では夏至の日に,南回帰線上では冬至 の日に,太陽の南中高度が90度になる。

(学研キッズネットより引用)

なるほど。

そういえば、7年前にナミビアに行った時には南回帰線スポットで写真撮りました。

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これ、ナミビアで見た南回帰線を示す看板。
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ただ、エジプトの北回帰線スポットには目印となるような看板などはなく(以前はあったみたいですが)ただただ砂漠が広がるのみです。

また40分ほど走ってトイレ休憩。
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日本のように、道の駅やサービスエリアなどが点在していないエジプト。

周りには何もない場所に、トイレ兼カフェのこちらの建物がポツンと建っていました。

(添乗員さんに、「もしも体調が悪くなってお手洗いに行きたくなったら、遠慮せずにすぐに言ってくださいね」って言われてたけど、言ったところでどこで用を足せばいいのやら・・・一応、バスにトイレは付いていたっぽいから、緊急時にはそれを使用できたのかもしれませんが。でも、こういう海外のバスってトイレ付いていても使用できないこともあるあるですしね・・・)
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鉄塔と砂以外、何もない景色。

人生初のヌビア料理は美味だった

ダムから走ること約3時間。ようやくアブシンベルに到着。

神殿見学の前に、まずはランチタイム。

アスワンから南、スーダンにかけてのエリアはヌビア地方と呼ばれ、ヌビア人と呼ばれる方たちが暮らしています。

スーダンって名前は知っているけれど、アフリカ大陸のどこにあるか分からない国の一つでしたが、今回覚えました。エジプトの南に位置する国です。

地理も歴史も、現地に赴くことが知識を得られる最大の手段。

さておき、スーダンとの国境に近いヌビア地方、アブシンベルで頂くのはヌビア料理。

今まで聞いたこともなかった人生初のお料理です。f:id:iechiko:20240217191514j:image

何らかのディップソース付いてる揚げたナスとスープ。
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お野菜の煮込み
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お肉の煮込み。
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それらとご飯を混ぜ合わせて食べます。

どれも癖の強い香辛料などは混ぜられておらず、非常に美味しかったです。

多分、日本では食べられないヌビア料理。貴重な体験でした。

そして、このレストラン、内装がめっちゃ可愛かった。
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料理も美味しいし、このデザインで日本に出店したら結構流行るんじゃないだろか。

ほんのひと時でしたが、ヌビアの文化に触れたあとは、念願の「アブシンベル神殿」見学です。

エジプト最古。ジェセル王の「階段ピラミッド」|2024年1月エジプト旅行⑨

阪急トラピックスさんの『【エミレーツ航空利用おひとり様参加限定】感動のエジプト ナイル川クルーズ8日間』に参加し、人生初のソロ海外旅行デビュー。

3日目の午後、ギザの3大ピラミッドよりも古い時代の3つのピラミッドを巡るオプショナルツアーに参加。

「赤のピラミッド」「屈折ピラミッド」を見学した後は、最古のピラミッドである「階段ピラミッド」へ。

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ジェセル王のピラミッドコンプレックスにある最古の列柱室

赤のピラミッドと屈折ピラミッドがあったダハシュールから、階段ピラミッドのあるサッカーラへバスで約30分ほどの移動。

エジプトのピラミッドと言えば、午前中に行ったギザの3大ピラミッドが最も有名ですが、エジプト国内では、現在119個ものピラミッドが発見されています。

ちなみに、オプショナルツアーで見学した3つのピラミッドも世界遺産「メンフィスとその墓地遺跡-ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯」の構成資産。

神殿跡(だったと思う。。。)

こちらの入場チケットは450エジプトポンド。(日本円換算するときは、大体×5)

バスを降りたらすぐに見えました。こちらが階段ピラミッド。

先に紹介した赤と屈折ピラミッドを建造したスネフェル王や、3大ピラミッドを建造したクフ王・カフラー王・メンカウラー王は古王国・第4王朝の時代の王。

階段ピラミッドを建造したジェセル王(またの名をネチェリケト王)は、もう一つ前の第3王朝の時代の王です。

階段ピラミッドは、紀元前2680年頃の建造。

ここには、階段ピラミッドに加え、周壁や葬祭殿、列柱室などの建物が残っていて、ピラミッドコンプレックス(複合体)として残る遺跡を見学することができます。

周壁と階段ピラミッド。ええ感じでロバに乗ったおじさんフェードイン。

壁のへこみの部分に、当時は緑(青)色の石が埋め込まれていたそうです。

前日にエジプト考古学博物館で見たジェセル王の像。
この後ろにあるようなタイルが、周壁にも埋められていたそうです。

あの高い柱にびっしりと青く光る石が埋められた光景、さぞ美しかったことでしょう。

お城の中で、最も石垣が好きな私。こういう石が組まれた建造物は大好物です。

このぴったりハマっているいる技術、ホンマに何度みても素晴らしすぎる。

周壁の入口から入ると、両側に柱が並ぶ列柱室。

この後、複数の神殿を巡って列柱室を色々見ましたが、ピラミッドが最古なら、この列柱室もここが最古。

柱を抜けると、階段ピラミッドが見える中庭に出ます。

最古の「階段ピラミッド」

ピラミッドが建造される前、エジプトでは「マスタバ」と呼ばれる長方形の墳墓が造られていました。

階段ピラミッドは、高さ8メートル、長辺63メートルのマスタバ墓をもとに、6段重ねられ、新しい「ピラミッド」という形の墳墓を作り出しました。

今回、私たちは中に入れませんでしたが、増築を繰り返したピラミッドの内部は迷路のように複雑。私、中に入っていたら、自由時間で100%迷子になったと思います。

南の壁にいるコブラ。

コブラ越しの階段ピラミッド。

・・・影であんまりコブラが分からん。

ここ、エジプト考古学者・河江先生のYoutubeで紹介していた「南の墓」だと思います。(一般観光客は立ち入り禁止)

階段ピラミッド周辺の遺跡を巡る

古王国時代で最小のウナス王のピラミッド。

中には「ピラミッドテキスト」と呼ばれるヒエログリフ文書が刻まれています。

まるで読めないアラビア語。

遠くにギザのピラミッド(左側のうっすらしているやつ)が見えました。

見えないことも多いみたいなので、この日はまだ空気が澄んでいたってことでしょう。

時間が少しあるから、とレリーフが残る遺跡を見に行くことに。

ウナス王の裁判所。

このあと、一つの建物の中に入りました。(それが何だったのか、覚えてないんですよね~・・・)

そこには、当時の生活を物語る様々なレリーフが残っていました。

魚釣りをしている様子。

紅海やナイルの魚が描かれています。

闘うカバ。

船の一番左側の人は、まだ泳げない小さな仔牛を掴んで運んであげています。

そして、その左側に描かれた大人の牛たち。先頭の牛だけ、目線が仔牛に向いています。先頭の牛は仔牛の親なんです。芸が細かい!

前のカバのお尻部分、生まれ出て来る赤ちゃん。それを狙うワニの構図。

(だったと思う。すいません、適時記憶が曖昧です・・・)

壁画に残る色は、当時の色。この後も多数のレリーフを見ましたが、数千年前の色が残っているということは、何度見ても感動でした。

倒した獲物をカッティング。

水と砂を使って、台座を動かしやすくして、像を運んでいる姿。

一人で見ても、多分スルーしてしまう絵も、ガイドさんが説明してくれるのでより面白く見る事ができました。

周壁の場所に戻ってきて、階段ピラミッドの見学は終了。

正直、あまり興味はないけれど・・・カーペットスクール見学

翌日、朝がめっちゃ早い(というかもはや深夜に出発)ので、このままホテルに戻りたいところですが、もう1か所立ち寄ります。

サッカーラではカーペット作りが有名のようで、そのカーペット作りを見学します。

もうね、完全に日本人観光客向けです。

がらんと広い施設の中で、カーペット作りの実演を見学。

細かい柄を作るのに、小さな手が有利ということでお子さんがカーペット作りを行っていました。

・・・この子たちは、労働として作っているのか。あるいはあくまで「スクール」という名前だから、カーペット作りを習っているのか・・・

謎。

2階には、製作されたカーペットが多数あり、いわゆるお土産コーナーです。

もちろん、どれも素晴らしい出来だと思うんですが、小さなマットであっても、我が家敷く場所ないしね・・・

誰も購入することなく、ただお手洗いをお借りして、カーペットを数点見せてもらって退出。

日本人がお土産を爆買いしていた景気のいい時代は、もう終わったんだよ・・・

この後、ホテルに戻り、夕飯を済ませたあとはさっさとシャワーを浴びて、荷物をさくっと整理して、10時前には就寝。

なんせ、翌日は3時半にロビー集合。もはや夜逃げの域。

おまけ

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オプショナルツアーから帰ってきて、ホテル前で撮ったピラミッド。

翌日は暗い中ホテルを出発するので、ピラミッドはこれで見納めです。

子供の頃から、生で見たいと思い続けて数十年。

幼きあの頃の私に伝えたい。夢は、叶うよ。

ダハシュール「赤のピラミッド」と「屈折ピラミッド」|2024年1月エジプト旅行⑧

阪急トラピックスさんの『【エミレーツ航空利用おひとり様参加限定】感動のエジプト ナイル川クルーズ8日間』に参加し、人生初のソロ海外旅行デビュー。

3日目の午後は、オプショナルツアーに参加

3日目の午後はフリータイム。

2つのオプショナルツアーが用意されていて、大半の方がそのどちらかに参加されていました。

1つは、私が参加した「サッカラ、ダハシュール観光」

ギザの3大ピラミッドよりも、更に古い時代のピラミッドを巡るツアー。

もう1つは、「大エジプト博物館スペシャルビジット」

オープンするする言うて、いつまでたってもオープンしない大エジプト博物館の一部に入館できるツアー。

これ、できることなら、両方とも行きたかったです。新しい博物館も見てみたかった。でも、体は1つなのでどちらかを選択せねばならず、ピラミッドを選びました。

やっぱり、一番古いピラミッド、生で見ておきたかったし。

クフ王のピラミッドよりもキツイ!赤のピラミッド

ギザから最初の目的地ダハシュールまでは、約1時間。

ツアー同行のガイドさんがこちらのツアーに同乗してくれて、解説してくれました。

(博物館の方は、臨時のガイドさんが来て案内してくれたみたい。)

旅行中は、道中の景色を見るのも楽しみの一つ。

知らない世界が、どんどん過ぎ行くのが楽しくてあまり移動で寝るということはしません。(さすがにひたすら砂漠を走る・・・とか景色が変わらないと寝ちゃうけど。)
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橋に描かれている絵が、エジプト色満載。
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エジプトの名産品ナツメヤシの木。(確か)

デーツ(ナツメヤシの実)は、エジプトの人気お土産の一つ。私も買って帰りました。
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手前の大量トマトよりも気になる・・・
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この線路。

エジプトの列車旅というのも、なかなかディープで面白そう。

ピラミッド付近に来たら、道沿いで遊んでいた子供たちが、バスに手を振ってくれてめっちゃ可愛かったです。

ここ以外で出会った子供たちは、ほぼお土産売りか物乞いの子供だったので、純粋な子供の笑顔が見れたのはここだけだったかも・・・と今になって思います。

まず最初の目的地は「赤のピラミッド」

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最大のピラミッドを建造したクフ王の父・スネフェル王によって建造されたピラミッドの一つです。

名前の通り赤っぽい石灰岩が使われています。
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断面が二等辺三角形の真正ピラミッドとしては、最古のもの。

スネフェル王は、この赤のピラミッドの前に「屈折ピラミッド」(この後紹介)を建造していますが、そのピラミッドは、当初積んでいた石の角度が急すぎて重量に耐えられなくなり、途中から角度が変わっています。

その変わったあとの角度が43度。そこで学んだことを活かし、この赤のピラミッドは最初から43度の角度で建造されています。
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このピラミッドは、内部に入ることが可能。

頂いたチケットによると150エジプトポンド。(約750円)3大ピラミッドに比べると、とってもリーズナブルです。

そして人もだいぶ少ない。

ガイドさんに「クフ王のピラミッドよりもしんどいから、頑張ってね」とエールを送られ、いざ本日2度目のピラミッド探索。

オプショナルツアーでピラミッドの中に入れると思っていなかったので、予想外で嬉しい。きつくても頑張るよ!
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クフ王のピラミッドよりも入口が高い位置にあり、入口に行くまでにまず階段を上らないといけません。

ここはカメラ禁止なのか、カバンにしまっておいて、と言われました。(でも、スマホでの撮影はいいんだって。何じゃそりゃ。)

でも、コンパクトデジカメ使って撮影している方もいて、入口の人に特に何も言われていなかったので、その辺の明確なルールは不明・・・
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石が風化しているのか、角が取れたような形の石が多い。
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入口の高さまで上った景色。

真ん中に小さく見えるのは、この後行く最古の「階段ピラミッド」です。

それでは、クフ王よりもキツイという赤のピラミッドにいざ、突入!!
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キツイと言われた理由が入口に立った瞬間分かりました。

最初から、中腰にならないと通れない低さの通路になっています。しかも長い。そして下り。木で通路は作ってくれているし、手すりもあるけれど、なるほどこれはなかなかに足に来る・・・

ピラミッドは意外と筋トレ要素の強い場所だと学びました。

3分ほど通路を歩くと、天井が一気に高くなります。
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ここが前室。
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ひび割れを直したような箇所を発見。これはだいぶ近代になってからの修繕跡かな。

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これ、何て書いてあるか後でガイドさんに聞こうって思って撮ったのに、すっかり忘れていたわ・・・

前室から玄室まで、更に階段を上ります。
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天井が低くない分、楽ですけどね。

遺跡巡りって、年配の方が多いけれど(今回のツアーも、ほぼほぼ人生のパイセンばかりだし)日本の城巡りにしろ、意外と体力勝負な場所が多いので、筋力・体力ないと結構きつい。
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赤のピラミッドの最奥部の玄室。

クフ王のピラミッドのような石棺はなく、石がむき出しになっていました。
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クフ王のピラミッドほどの大きさはないので、入口から玄室までは5分ほどしかかかりませんでした。

なお、地球の歩き方に「内部はかなり臭い」と書かれていたんですが、別に臭くなかったです。ただ、ここも暑かったですけど。

来た道を戻り、入口兼出口へ向かいます。

行きが下りだったということは・・・
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帰りは上りなんよ。

コサックダンスの姿勢で、ずっと上りなんよ。

普段ランニングで多少足腰鍛えている身ですが、翌日はちゃんと筋肉痛になりました。

走る筋肉と中腰で坂を上る筋肉は全く別物ということです。
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無事、外の世界に戻ってきました。

高い場所で浴びる風が気持ちいい。

観光客が少ないからか、お土産屋さんもおらず非常に静かな空間で、じっくりピラミッド見学ができました。

失敗をリカバリーした「屈折ピラミッド」

続いては、同じくスネフェル王によって建造された屈折ピラミッドへ。

先ほどご紹介した通り、赤のピラミッドの前に造られ、角度が急すぎたため、途中で角度を変えたピラミッドです。

個人的に、この形凄く好き。

当初の角度は54度。建設途中から43度に変わったため、このような形になっています。

このような形になった理由として、王が急死し、建設を急ぐために角度を変えたという説も考えられていたようですが、現在では当初の角度が急勾配すぎて、そのまま積むと崩壊する可能性があったため、途中から角度を変えたと考えられているようです。

当時、どのような計算方法で崩壊の危機を悟ったのか・・・

多分私が指揮官やったら、そのまま積んで崩壊させて終わってたわ。(そんなヤツ、最初から指揮官になれんわ。)

ここでは見学時間が短かったので、近くまで行って撮影のみ。

下の方は、中に積まれた石がむき出し状態。

何でこの状態で崩れずに保っていられるんだ・・・

近くで見ると、思っていたよりも崩壊が激しい。

紀元前2600年にタッチ。
今から約4600年前。屈折ピラミッドがここで建造されていた時、果たして私の先祖はどこで何をしていたんだろう・・・

もしかしたら、ここでピラミッドを建造していた可能性も・・・ゼロじゃないですよね。

そんな妄想も膨らむピラミッドの旅。

次回は最古のピラミッド ジェセル王の「階段ピラミッド」をご紹介します。