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歴史能力検定 日本史2級合格!(資格概要・勉強方法・期間など)

昨年、久しぶりに資格試験を受験し、先日合格証書が届きました。

それが【歴史能力検定 日本史2級】

今回は、この資格について私の勉強法やどれぐらい勉強したか、などなどご紹介したいと思います。

 

歴史能力検定概要

歴史能力検定とは

文字通り、歴史に関する知識を問う検定試験です。

1~5級までがあり、5級『歴史入門』4級『歴史基本』3~1級は『日本史』と『世界史』に分かれているので、自分のレベルや興味に合わせて受験レベルを選択することができます。

試験日

毎年、受付期間が6月下旬~10月中旬。11月末が試験日です。

(変更することもあるかもしれませんので、詳細は公式HPをご確認ください。ブログの下部にリンクを貼っています。)

試験内容・合格率(日本史2級)

試験内容は、高校の日本史の授業で学習するレベル。資格試験紹介サイトによっては「高度な高校レベル」や「共通試験レベル」などと書かれています。

そもそも共通試験(私の時代ではセンター試験)レベルがどれほどのものなのか、センター未受験の私には分からず、とりあえず高校で学ぶ範囲を学習すれば合格できる範囲ではないかと思います。

試験問題は、全部で50問。うち、45問が4肢選択問題、5問が記述問題

合格基準は、正解率60%が基準です。

日本史2級は、例年合格率が30~40%。

※2021年に行われた第40回の合格率は36.3%とのことでした。

 

検定資格の活用

日本史2級に合格すると、下記2つの試験科目の免除が受けられます。

高等学校卒業程度認定試験「日本史」科目

・全国通訳案内士「日本歴史」科目

国家資格である全国通訳案内士の科目免除のために、この歴史能力検定を受験する方も多いようです。

ちなみに私は、このいずれも関係なく、単に個人的趣味で歴史勉強し直したくて受験しました。

勉強方法

・学習教材その①もう一度読む山川日本史

この試験のために購入したのではなく、何年も前に購入したもの。なので、今出てる「新」ではなく1個古いやつです。

日本史に関する学び直しの本が数ある中、なぜ山川を選んだかというと「学生時代に使用していたから」単にそれだけの理由です。

 

・学習教材その② Youtube【Historia Mundi】


www.youtube.com

これまた、この資格試験のために見つけたのではなく、以前から視聴していたもの。

先生の動画は、1回が30~50分あり黒板に板書をしていくTHE高校授業スタイルです。私もしっかりルーズリーフに板書書き写して、マイ日本史ノートを完成させました。

授業も非常に分かりやすく、時に先生の好みの本や人物を紹介されたり、プライベートな話が出たり、本当に学生時代に戻って勉強してる気分で楽しかったです。

ただ日本史講座は、全200回に渡るので動画見るだけでもなかなかの時間が必要です。

私は半分以上視聴が終わっていたので、見終わっていない後半の視聴&過去ノートの復習。

歴史能力検定の過去問題集も販売していますが、私は使用せずでした。

アウトプットは、これまたYoutubeで「日本史 一問一答」とかで出てきた動画を色々見て行ってました。

【公共交通機関で行く坂東三十三ヶ所巡礼】第八番 星谷寺(しょうこくじ)

第八番 星谷寺

星谷寺の歴史

奈良時代、この地を訪れた行基が森の中の古木の根洞から法華経読誦の声を聞きます。

読誦はこの洞内にいた観音像によるもので、そこに行基が堂を建てたのが星谷寺の始まりだそうです。

星谷寺の名前の由来は、森に湧く泉が水面に星を映し、夜でも白夜のように明るく「星谷」と呼ばれていた、という伝承によるもの。

何か、ロマンチック。

元々は現在より600mほど北の場所にありましたが、鎌倉時代の兵火により堂宇の大半が焼失。この時は火災を免れた観音堂も、のちの火災で焼失。

ですがこの時、燃える観音堂から本尊の聖観音が飛び出し、現在の場所に飛来し光明を放ったため、今はその場所に堂宇が再建されています。

観音さんが自ら逃げたって話、一番札所の杉本寺でもありました。

 

iechiko.hatenablog.com

境内案内

仁王像

仁王門はなく、このように仁王像のみが入口に立っています。

日向と日陰。光あるところには影もある。

 

仁王像の写真、いつも引きと合わせて単体でも撮るんですが、なぜか毎回左側から撮ってることに気づきました。

別に何の意味もないです。これを公表したことにも何の意味もないです。

ようはこの3行、読んでも何の意味もないです。貴重なお時間無駄にしてすいません。

梵鐘

建物は新しいですが、梵鐘は1227年の鋳造で神奈川県で最古の鐘

国の重要文化財にも指定されています。

こちら「撞座一つの梵鐘」と言われ、一般的な梵鐘は撞座(鐘をつくところ)が正面と背面の二つありますが、この鐘は正面一か所だけという特殊な様式だそうです。

星谷寺の七不思議

この鐘をはじめ、星谷寺には七不思議があります。

えっとですね。鐘以外には二つしか見つけられませんでした。え?どういうこと。

小さな境内にも関わらず、お目当てのものが探し出せないなんて。

むしろそれが不思議やわ。(単に私がすっとこどっこいなだけ)

「咲きわけの散り椿

花が5通りに咲くので「咲きわけ」と呼ばれてるそう。

あと、椿の花は通常ひとかたまりで散りますが、この花は花びら一枚ずつ散るそうです。花咲いてないからよく分からん・・・と思ったら

咲いてた!!

寺伝によると、京都の地蔵院から移植したと言われているそうです。

そういや、一時やたら流れてたシャンプーTSUBAKIのCM見なくなったな。

観音堂

外側は新しいですが、中は古い観音堂のものが保存活用されています。

この本堂の右側に、七不思議の二つ目にあった「根下り紅葉の老木」があります。

でも写真はないです。何でや。不思議や。(単にすっとこどっこいの私が撮り忘れただけ)

御朱印を頂く場所

(2019年2月の情報なので、現在の状況とは異なっているかもしれません。)

 

この日は平日だったので、普段納経所になってる(と思われる場所)は閉まってました。代わりに「納経は寺務所へ」という案内があったので、こちらの門をくぐります。

(もしかしたら、毎日御朱印は寺務所で書いて頂くのかもしれませんが)

中入ったら、右手側に明らかにこれ住職さんのご自宅じゃね?的な建物。

そこに繋がる形で寺務所の入り口。

ドアに鍵かかってたので、インターホンをピンポーン押すと自動でロック開きました。

ドア開けて入ったら、広めの玄関。その横が納経所になってます。

お寺の規模は大なり小なり。納経所の形もそれぞれ。

アクセス

小田急小田原線座間駅から徒歩10分

ちなみに5~8番札所の位置関係はこんな感じ。(汚い手書き文字ですいません)

 

その他の坂東三十三ヶ所札所はこちらから

iechiko.hatenablog.com

 

【公共交通機関で行く坂東三十三ヶ所巡礼】第二番 岩殿寺

第二番 岩殿寺

岩殿寺の歴史

奈良の長谷寺を創建した徳道上人が、この地で熊野権現の化身にあい、祠を建てたのが始まりとされるお寺。

また源頼朝平氏との戦いで敗れ、真鶴岬から房総へ逃れたときに船頭となって導いたのが、こちらの岩殿寺の観音様と言われ、頼朝一族にも厚く信仰されていたんだそうです。

境内案内

 

住宅街の中、案内表示が表れてから1分ほど進むと山門があります。

山門

入山料入れる箱だけ置いてありました。(2018年当時100円)

前回紹介した安養院と同じく、参拝客は私だけ。

雨の中、誰も人がいないお寺に参拝というのもなかなか乙な休日の過ごし方です。12月だからシンプルにとても寒かったけど。

この門くぐると・・・

階段ずらー

120段がずらー

日本中、札所の中には階段上りの儀が設けられてるお寺があるもんだ。

(お遍路で散々門入ってからの階段に苦しめられた人)

観音堂

階段上った先にあるのがこちらの観音堂

逗子市指定重要文化財徳川家康が修復したと伝えられています。

「ずしししてい」ってめっちゃ言いにくいので、ぜひ声に出してうまく言えるかチャレンジしてみてください。

奥の院岩殿観音

観音堂の裏にある奥の院岩殿観音という岩窟。

こちらのお寺のご詠歌「たちよりて 天の岩戸を おし開き 仏をたのむ 身こそたのしき」というものなんですが、このご詠歌に読まれている天の岩戸がこの岩窟。

残念ながら立ち入り禁止でした。

 

ここから裏山にさらに上ると、正教観音が経つ高台になっており、条件が良ければ富士山まで見える眺望が楽しめる、とのことですが、この日の天気では全く眺望に期待できないので旧観音堂に参拝して階段を途中まで下りて、本堂と納経所へ。

(本堂の写真、撮り忘れてた・・・)

アクセス

JR横須賀線逗子駅から徒歩20分

私は鎌倉にある札所を1番→4番→3番→2番の順でまわりました。

2番の安養院参拝後、最寄り駅の鎌倉に行き電車で逗子駅。そこから徒歩という方法も考えたんですが、グーグルマップで調べたら安養院から直接歩いても40分ほど。

10分かけて一旦駅戻って、電車待って、電車乗って、また逗子駅から歩いて・・・

うん。直接歩いた方が早いな、と歩くことに決定。(4キロ以内は徒歩圏内という思考)ちなみに道中、特に見るもんもなく車道沿いの歩道をトンネルなんかもくぐりながらひたすら歩いていきます。

 

 

その他の坂東三十三ヶ所札所はこちらから

iechiko.hatenablog.com

 

 

【公共交通機関で行く坂東三十三ヶ所巡礼】第三番 安養院

第三番 安養院

安養院の歴史

こちらのお寺の縁起は少々複雑・・ということで、坂東三十三所のガイドブックによると、この安養院には別名・田代観音という名前があり、それは源頼朝の家臣である田代信綱という人に由来します。

この人が1192年、武勲を挙げたのは観音菩薩の加護であるとして田代寺を建立。

この田代寺が当初の坂東三十三所の札所でした。

ちなみに、本尊の千手観音を信仰し、北条政子源頼朝と結ばれたと言われ、良縁観音とも呼ばれているそうです。

で、その北条政子は頼朝の死後、菩提を弔うため1225年長楽寺を建立。

この年に政子もなくなり、長楽寺は政子の菩提寺にもなりました。

1333年、長楽寺は鎌倉幕府滅亡の際、兵火にあい名越の善導寺跡に移転し、旧善導寺と長楽寺、この二寺が合併

そしてその時、名前も安養院と改称しました。

で、で、この安養院は1680年またまた火災にあい、その際末寺であった田代寺をこの地に移し坂東の札所も安養院が受け継いで現在に至る。と。

複数のお寺が燃えたり、移転したり、合併したり、の歴史の中で生まれたお寺がこちらの安養院です。

境内案内

前回紹介した第四番札所の長谷寺とは違い、こちらは小さな境内のお寺です。

iechiko.hatenablog.com

(というか、今まで14か所坂東三十三ヶ所の札所をまわりましたが、比較的小さなお寺が多い印象です。長谷寺とか浅草寺のいわゆるTHE観光名所級のお寺の方がまれ。それゆえ今まで知らなかったお寺に行けて、個人的には楽しいです。)

 

山門

ツツジが綺麗なお寺だそうで、その季節には参拝客も増えるのかもしれませんが、この日は私以外には誰もおらず。

天然記念物 槇の木

境内には樹齢700年の槇の木が。槇って、実際の木を見るよりも人名として見かけることの方が多い気がする。あ、木が気がするとか、2022年始まって一番しょうもないこと言ってもうた。

鎌倉幕府がまだある頃からここで生きていることになります。

木が話すことができたら、これほどすごい歴史の語り部はいないだろう、と思います。

ただ、見えてる範囲限られてるけどね。

本堂

中には入れないので、ガラス越しにご本尊をのぞき見したあと、御朱印をいただきます。

納経所には誰もおらず、ピンポーンでお呼び出し。

お遍路でも小さなお寺さんだと結構このパターンです。

アクセス

JR横須賀線鎌倉駅から徒歩10分

 

 

その他の坂東三十三ヶ所札所はこちらから

iechiko.hatenablog.com


【公共交通機関で行く坂東三十三ヶ所巡礼】第四番 長谷寺

第四番 長谷寺

 

 

長谷寺の歴史

721年、徳道上人が奈良でクスノキの木から2体の観音像を刻み、一つは奈良の長谷寺に。

そしてもう一つは「どこか有縁の地に出現し、衆生を救いたまえ」という願いと共に海に流されました。

そして15年後、三浦半島の浜に流れついた巨大な観音像を本尊とし、創建されたのがこの鎌倉の長谷寺と言われています。

ちなみに、奈良の長谷寺のご本尊は、春・秋の特別拝観で直接触れることができます。

トリップノートさんで関連記事書いてるので、ご興味あればこちらをどうぞ。

(2018年の記事なので、古いかもしれませんが・・・)

tripnote.jp

アクセス

江ノ島電鉄長谷駅から徒歩5分

(ちなみに、鎌倉の大仏さんもここ長谷駅が最寄りです。)

境内案内

こちらは鎌倉の有名観光地の一つでもある寺院なので、観光客がとっても多い。

特に海外からの観光客の方が多かったです。

拝観料:大人400円

 

境内も広い!

阿弥陀堂

鎌倉幕府初代将軍の源頼朝が、42歳の厄除け祈願で造立したと伝わる阿弥陀像が安置されています。

厄年終わったけど(2018年の話)無事何事もなかったことの感謝の意を込めて参拝しました。

前年30代2回目の後厄を終え、もう厄年終わりー!と思ったら、女性は数えで60~62歳でまた厄年みたいですね。

男性は生涯3回なのに、何で女性は4回もあるんさ!どやさ!

ちなみに、最初の本厄の19歳の時、左足のじん帯切って初手術&入院を経験。

ここで一回やらかしたんで、もう今後何もないと思ってます。(実際、30代の部(?)では何もなかったし)

本堂(観音堂

こちらにご本尊の十一面観音立像がいらっしゃいます。

奈良の長谷寺のご兄弟。木造では日本最大級の大きさで、像高は9.18m。圧巻です。

通常、地蔵菩薩が持つ錫杖を右手に持っており、これは十一面観音像としては珍しいそうですが奈良の長谷寺の観音像も同じように錫杖を持っておられます。さすがご兄弟。

本堂と繋がった形で観音ミュージアムがあります。

別途300円が必要ですが、せっかくですので入館。

かつて本尊横に安置されていたという観音三十三応現身立像がなかなか見ごたえありました。

「観音経」の一説に、観音様は人々の救済のために三十三の姿に形を変えると言われています。

その姿を具現化したのが、こちらの三十三応現身立像。

ちなみに、西国とか坂東をはじめ、観音巡りが三十三か所なのもこのことが由来となっています。

見晴台

鎌倉の街並みや由比ヶ浜、遠く三浦半島まで見渡せるという見晴台に行ってみた。

どんぐもり~!

(右手の人差し指立ててフリフリしながら言いましょう。)

景観案内図のほとんどが見えませんでした。

そして、この直後雨粒ポツポツ。

ふ、降ってきやがったぜ。でもちゃんと天気予報見てきたから傘あるんだぜ。

経蔵

中には回転式の書架があります。これを一回転させると一切経を全部読んだ徳が得られると言われるものですが、こちらの書架は毎月18日、その他年数回決められた時だけしか回せません。

和み地蔵

その名の通り、見るとほっこりするお顔のお地蔵さん。

しかも後々気づきましたが、頭の上にお花乗ってる!

え?これ後ろに咲いてるやつがたまたま乗ってるように見えてるだけ?

だとしたらナイスショット!

正直自分でも分かりませんが、何はともあれかわいらしいお地蔵さんです。

弁天堂・弁天窟

こちらは弘法大師が修行した洞窟と伝わっています。

洞窟内には、弁財天や十六童子などの像が彫られています。

弘法大師さんの足跡は、全国至るところに。どういうスケジュールをこなされてたのか常々気になるところです。

御朱印は人気のお寺だけあって、朱印帳渡して番号札もらう形式。

預けたら「帰りにまた寄ってください」と言われてしまったので、本堂、拝観して弁天窟行く前に渡しておくのがいいのかもしれません。

私、全部見終えたあとに行ったので、もう1回弁天窟とか入ったりして時間つぶししました。(本堂へは階段上らなきゃだめなので、それは面倒だ。でも雨しのぎたい。そうだ、洞窟に行こう!という流れ)

2度目の弁天窟&トイレを済ませたぐらいでちょうどできあがってました。(多分10~15分ぐらい)

今はまた状況が変わってるかもしれませんので、あくまでご参考まで。

 

www.hasedera.jp

 
 

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