えちこの旅ブログ

知的好奇心のおもむくままに

MENU

【100名城】No.78 丸亀城(香川)|四国バースデイきっぷの旅②

誕生月にお得に四国を旅することができるJR四国『バースデイきっぷ』を利用しての旅。

バースデイきっぷの概要はこちら。

引田城散策のあと、引田駅から『特急うずしお』に乗車し高松駅へ。

アンパーンチ!

昨年の夏以来の高松駅。今回は駅から出ることなく、乗り継ぎのみでの利用です。

高松駅から『快速マリンライナー』に乗り変えて、坂出駅。そこから更にJR予讃線に乗り変えて、本日最後の目的地丸亀城がある丸亀駅に到着。

(写真は翌日の朝に撮影したものなので、朝の明るさ)

丸亀城のアクセス

JR予讃線「丸亀」駅から徒歩約10分

物凄くピンと張られた鯉のぼりが泳ぐ商店街を抜けます。

こ、これは・・・!昔懐かし遍路道案内!!

iechiko.hatenablog.com

この道を通ったか定かではないですが、4年前郷照寺を目指して丸亀を歩きました。その時はお城に寄る時間がなかったので、丸亀城天守を横目に見ただけ。

ちなみに、今回行く丸亀城には11年前にも訪れており、その時に100名城のスタンプは一度捺印しています。ですが、スタンプが乾く前にスタンプ帳閉じたら、インクが滲んでしまい、デザインぐちゃぐちゃになったので、再度押し直しに来たんです。(前押した上に白い紙貼った。)あと、単純に丸亀城の石垣が素晴らしすぎて、再訪したかったというのもあります。

遠目からでも分かる壮大な石垣。私の石垣が好きなお城ベスト3に入ります。

あと2つが何かと聞かれたら・・・それは困る。(正直決まってないだけ。)

丸亀城の歴史

丸亀城は、1597年に生駒親正によって築城が開始されました。丸亀平野の亀山城に築かれたことから、別名亀山城とも言います。

1615年の一国一城令により、丸亀城は一度は廃城となりました。

その後入邦した山崎氏により、再建がなされたものの3代目藩主山崎治頼が8歳で亡くなり、跡継ぎがいなくなったことにより改易となりました。

山崎氏のあとに藩主となった京極氏によって、現在の天守が作られました。

全国に12か所ある現存天守のうちの一つです。

城内の見どころ

丸亀城の全体図。

本丸・二の丸・三の丸・帯曲輪・山下曲輪からなり、東西約540m、南北約460mの内堀内204,756㎡が史跡範囲です。

大手二の門

内堀の北側中央部に位置している門。

内堀には鯉のぼりが泳いでいました。

割とこの時期、色んな所で鯉のぼり見ましたが、実際には屋根より高い鯉のぼりってそんなに存在しないんだなってことに気づきました。

大手一の門

二の門をくぐると桝形虎口になっており、右側に櫓門(一の門)があります。これらの門は1670年に完成しました。楼上に太鼓を置き、時を知らせていたことから「太鼓門」とも呼ばれています。

桝形の石垣に『幸福の❤(ハート)石』と呼ばれるものがありました。隙間に挟まっている周りと比べて小さな逆三角の石。まぁ、ハートに見えなくもない・・・か。

触ると良縁のご縁があるそうです。

個人的には、それよりその横の大きな石の方が好き。

見返り坂

先述の通り、丸亀城の天守は亀山の上に築かれています。すなわち、あの場所まで上がって行く必要があります。大手門から山上に向かうにはこちらの見返り坂と呼ばれる坂を上ります。

この坂、写真ではあまり伝わらないですが結構急です。既に2時間ほど前に山城ハイクして、そこそこ疲労した足に更に負荷かけます。筋トレとしては効果的かも。

坂の上から名前の通り見返してみた。

高石垣

坂の最後に現れる三の丸北側の石垣。丸亀城の中で最も高い石垣で、高さは20m以上。隅角部は算木積みで美しい曲線となっており「扇の勾配」と呼ばれています。

姫路城にも同じく「扇の勾配」と呼ばれる石垣があり、いずれも私の大好きな石垣です。(以前姫路城に行った時、扇の勾配の前で写真撮りまくっていたら、近くにいたボランティアのおばちゃんに、とても暖かい表情で見られていました。その目は「大好きなんですね、来てくれてありがとうね」と語っているように私には見えました。)

三の丸

見返り坂を上ると三の丸があります。

三の丸は、二の丸・本丸を取り囲む曲輪。

延寿閣別館。麻布にあった京極氏の江戸藩邸を一部移築した建物です。

三の丸から二の丸への道。どこもかしこも石垣が立派です。坂はしんどいけど、この石垣見るためなら頑張れる。

二の丸

二の丸は現在緑多め。

二の丸井戸

絵図によると深さ65mの井戸で、日本一深い井戸と言われています。

そして、この井戸には、丸亀城の石垣作成の功労者、石工職人羽坂重三郎に関わる悲しい伝説が残っています。

重三郎が築いた石垣に感心した城主が「これだけ見事なら、鳥以外にこの城壁を乗り越えられる者はいないだろう」と言った際、重三郎は「私に尺余りの鉄棒を下されば、容易に登ることができます」と言って、城壁をすいすい登ってしまいました。

それを見た城主は、重三郎が敵に内通することを恐れ、井戸の調査と偽り重三郎を井戸の中へ入らせ、上から石を投げて殺してしまいました。

あくまでも伝説ということなので、恒例のセリフを言っておきましょう。

信じるか信じないかはあなた次第

本当にこの丸亀城の石垣、鉄棒で登れたんなら石工職人よりも、忍者の方が適職やったと思うわ。

本丸

山の最高所が本丸。本丸には、3層3階の現存天守があります。

1660年に完成。高さ約15mで、日本で一番小さな現存天守です。

100名城のスタンプもこちらにあります。内部は入城可能。(大人200円)

現存天守ではお馴染みの超急な階段。女性の方は裾の長いスカートを履いて上るのは、裾踏んづける可能性があって危険です。

上から見下ろす。

横から眺める。

日本一小さな現存天守というだけあって、内部は小さくそれほど見て回る場所もありません。

1階には歴代城主の家系図などの資料展示。

2階には日本各地のお城写真パネル。(これ、結構色んなお城で展示してあります。「ここ行った」と言えるお城が増えていくと、制覇した感が感じられて嬉しい。)

3階は展望スポット。

丸亀市街地の向こうに瀬戸内海が見えます。

大砲用と考えられている狭間(防御用の窓)

説明書きによるとこちらの梁は「燧梁(ひうちばり)」と呼ばれるもので、「隅柱の左右に添柱を建て、柱頭に梁をかけて堅牢な構造としている」のだそう。

お寺しかり、お城しかり、沢山行っていつも思うけど、木々の組み合わせでこれだけの重さを支える構造を考え出した昔の建築家たちって本当に天才。

11年前にはなかった「御城印」ゲット。

本丸からは、讃岐富士と呼ばれる飯野山がよく見えます。

帰りは、三の丸から大手門の反対側にある搦手側に降りてみます。

工事はあと5年もかかるみたい。石垣を修復するって大変なんですね。

こちらの道は階段になっていたので、下りるのは急な坂道下るよりも楽かもしれない。

にゃんこ発見。しばらく粘ったけど、一向に振り向いてくれませんでした・・・

搦手門は「アサヒスーパードライ」によって復元。

搦手門跡から大手門まで城内を半周ぐるっと歩いて戻ります。

「うるし林」めっちゃかぶれそうな名前・・・

来た時にも出会った観光案内所前のご当地キャラトリオに別れを告げて、11年ぶりの丸亀城散策終了。

気に入った石垣コーナー

「石の城」とも形容される丸亀城。個人的に気に入った石垣を、ただただご紹介します。

このように記号が入った石垣もちらほら見られます。

綺麗に積まれた石垣を見る度、胸熱になる私は、前世石工職人だったのかもしれない。

(現世では、尋常じゃないぐらい不器用やけど。)

利用案内(天守)

  • 料金:大人200円 小・中学生100円
  • 観覧時間:9:00~16:30(入城は16:00まで)
  • 休館日:なし

丸亀城 - 丸亀市公式ホームページ

おまけ

丸亀市 ジオラマモードバージョン

ジオラマモードで撮れば、どんな街でも味が出ると最近気づいた。(素の丸亀市に味がないという訳ではないですが。)

100名城公式ガイドブック(スタンプ帳付)