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【世界遺産】興福寺

世界遺産名:古都奈良の文化財

※710年から74年間、日本の都として栄えた平城京。この時代の歴史的遺構8件が構成遺産として登録されています。(登録年:1998年)

前回に引き続き、奈良の世界遺産をご紹介。

今回は「東大寺」と並ぶ奈良観光の(多分)定番スポット・興福寺をご紹介します。

私が人生で一番訪れた事があるお寺がこの興福寺です。恐らく、50回ぐらいは参拝しているんじゃないでしょうか。(祖母宅が奈良公園の徒歩圏内にあった事もあり、歴史も仏教も訳ワカメの子供の頃から、よく連れてこられていた。)

興福寺へのアクセス

・近鉄奈良駅から徒歩5分

・JR奈良駅から徒歩15分

興福寺の歴史

興福寺の前身は、藤原鎌足が病を患った際に、妻の鏡女王が夫の回復を祈願し、諸仏を安置するために造営した「山階寺(やましなでら)」と伝わっています。

710年の平城京遷都の際、鎌足の子・藤原不比等によって藤原氏の氏寺として移され、その際に「興福寺」と名付けられました。

天皇・皇后・藤原氏によって堂宇の建造が進み、藤原氏の権力の強まりと共に、寺勢は強まっていきました。奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つとなります。

鎌倉時代以降、武士の時代になっても僧兵等を擁し、強大な力を有していたため、幕府は大和には守護を置くことができず、興福寺がその任に当たっていました。

創建以来、度重なる火災に合うも再建を繰り返し、近年では2018年に中金堂が復元完成し、当時の様子を今に伝えています。

境内の見どころ

猿沢池

興福寺の境内にある訳じゃないんですが、駅から三条通りを通って、興福寺に向かって歩いてくると、猿沢池に出会います。

この猿沢池に、五重塔が写る姿はフォトスポットの一つとして有名ですが、今回撮影するの忘れてたわ・・・甲羅干ししている亀いないかな~ってことしか頭になかった。。

興福寺の境内図はこちら。

興福寺境内へは自由に入れますが、「国宝館」「東金堂」「中金堂」を拝観する際はそれぞれ拝観料が必要です。

三重塔

1143年に、崇徳天皇の中宮である皇嘉門院(こうかもんいん)聖子によって建立。1180年に焼失するも、その後すぐに再建されたと言われており、興福寺の中で最も古い建物の一つです。

ですが、五重塔に比べるとマイナーな存在で、場所も堂宇が立ち並ぶ場所から少し外れているため、あまり見に来ている人がいません。南円堂(下記で説明)に上がる階段の途中、左側に三重塔に続く道があります。

南円堂

813年 藤原冬嗣(ふゆつぐ)が、父の内麻呂(うちまろ)の追善のために建立。

現在の建物は、1789年に再建されたものです。

藤原氏の中で、内麻呂・冬嗣の北家が摂関家として力を持つようになり、南円堂は興福寺の中でも特殊な存在となっていったそうです。

ご本尊は不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのんぼさつ)。通常、扉は閉まっており、毎年10月17日の大般若経転読会のみ開帳されます。

こちらの南円堂は、西国三十三所巡礼の第九番札所となっているため、数年前、西国巡礼の御朱印を頂きに訪れました。(2019年に西国三十三所巡礼は結願済み。)

iechiko.hatenablog.com

一言観音堂

南円堂のお隣にある御堂。お願い事を一つずつ聞いてくれるという「一言観音」が祀られています。(一言観音に限らず、お願い事はいつも一つだけしていますが、みんな何個もしているもんなの・・・?)

北円堂

「南」があるなら「北」もあります。ただし、南円堂のように前で参拝することはできず、堂の周りは柵で囲われています。(柵の隙間にカメラ入れて撮影しました。)

藤原不比等の1周忌に、元明・元正天皇が長屋王に命じて建立させました。現在の建物は、1210年に再建されたもの。

境内の西側に位置していて、人の動線から少し外れているため、あまり見に来ている人はいませんが、三重塔同様に興福寺で最古の建物であり、『日本に現存する八角円堂のうち、最も美しいと賞賛される堂』と公式HPに記載されている貴重なお堂です。

五重塔

興福寺のシンボルとも言える五重塔。

藤原不比等の娘・光明皇后の発願で建立されました。(ちなみに、光明皇后の夫は、東大寺大仏建立の詔を出した聖武天皇)

現在の塔は1426年の再建。高さは50.937メートルで、奈良県内で一番高い建物だそうです。

そうなんだ。確かに、奈良には高層ビルやタワマンといった高い建物がないですからね。なので、どこに行っても空が広い。

なお、五重塔は保存修理が始まっており、私が訪れた7月初旬には写真のように一部足場(?)のようなものが設置されていました。

HPで最新の状況を確認すると、現在は3mの高さのパネルで覆われている状態。フェンス越しに今年の12月までは鑑賞できるようですが、その後は恐らく全て覆われてしばらく見られなくなってしまうと思われます。

現段階で、修理期間は2031年3月まで。8年も待てない!という方は年内にぜひ。

国宝 興福寺五重塔/奈良県公式ホームページ

(こちらのページに、工事の最新情報載っています。)

東金堂

中金堂の「東」側にある御堂。726年に聖武天皇が、叔母の元正天皇の病気全快を願って建立しました。現在の建物は、1415年の再建。

写真だと小さくて分かりにくいんですが、正面に4か所、「書」が掛けられているのが分かりますでしょうか?これ、小中学生が一文字ずつ書いたお習字。

私の書も昔ここに貼られておりました。(書道歴9年ぐらいありますが、祖母がお習字教室の先生という理由で「(好きでもないのに)習わされていた」ため、全く上手くなりませんでした。「好きこそ物の上手なれ」ってホンマその通りやと思う・・・)

国宝館

興福寺で有名な仏像と言えば国宝「阿修羅像」

確か以前、東京で「阿修羅展」が開催された際には、数十分待ちの行列ができるほどだったと風の噂という名のネット情報で聞きました。

その阿修羅像を始めとする乾漆八部衆(はちぶしゅう)像や、乾漆十大弟子(じゅうだいでし)像、像高5m以上の木造千手観音立像などなど、まさに「国宝」がずらりと並ぶ施設。待ち時間など一切なく、阿修羅像をたっぷり鑑賞できます。

中金堂

興福寺の中で、一際新しい建物・中金堂。(よって、正直ちょっと浮いている・・・)

興福寺の中心的なお堂で、創建時に最初の堂宇として藤原不比等によって建てられたとされています。

創建時は、奈良朝寺院の中でも第1級だった、とのこと。

しかし、創建より6回の焼失・再建を繰り返します。1717年の焼失後は財政問題により、仮設としての「仮堂」が再建され、以後そのままの状態で数百年。

焼失から300年近い年月を経て、2018年に再建落慶を迎え当時の姿が復元されました。

ぴかぴかの歴史建造物って、何か違和感あるけれど、奈良時代の人々が見た姿を目前にしていると思えば感慨深い。

中金堂当初のご本尊は、藤原鎌足が蘇我入鹿の打倒を祈願して造立した釈迦如来像と伝わっています。(乙氏の変で蘇我入鹿が暗殺され、「大化の改新」起こったのが、このご本尊のご利益によるものだとしたら、その力、半端ない。)

現在の像は5代目で、再建に合わせて修理されたので金色ピカピカ。

周囲には、鎌倉時代の四天王立像・薬王・薬上(やくじょう)菩薩像が並んでいるため、鎌倉と平成の仏像コラボが見られます。

中金堂の柵の中から、東金堂と五重塔の2ショットが綺麗に見えたのが何気に良かった。

利用案内(国宝館・東金堂・中金堂)

  • 拝観料

 「国宝館」大人・大学生700円 中高生600円 小学生300円

 「東金堂」大人・大学生300円 中高生200円 小学生100円

「国宝館」と「東金堂」の共通券:大人・大学生900円 中高生700円 小学生350円

 「中金堂」大人・大学生500円 中高生300円 小学生100円

  • 拝観時間:9:00~17:00(受付は16:45まで)
  • 年中無休

興福寺公式HP

おまけ

子供の頃から奈良公園に足を運んでいた身からすると、「鹿」と奈良公園の神社仏閣はセットで「エモい」存在。

その他の訪問した世界遺産はこちら。

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