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【女一人歩き遍路】第7回目3日目 48番 西林寺~50番 繁多寺

※この記事は、2015年9月~2019年4月まで3年半かけて歩き遍路をした記録です。情報などは当時のものなので、現在と変わっていることがあるかもしれません。ご了承ください。

 

2017年5月31日

 

お遍路旅3日目。5時半起床。6時から朝食です。

 

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お茶の位置、おかしくないかい。

 こちらのお宿、一泊二食付きで7020円でした。

 

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宿の敷地内にいらっしゃった弘法大師さんに「いってきまーす!」のご挨拶をしてスタート!

今日も30キロ以上歩く上に、6箇所もお寺をまわるのでがしがし行きますよー!

 

時折出会う方々とご挨拶交わしながら、県道沿いをひたすらに。

人が少ない場所では、皆さんお遍路さんと挨拶する文化が根付いているのか、ごく当たり前のように「おはようございます」や「こんにちは」とすれ違い様に挨拶してくださいます。

 

これが、市内になると一気になくなる。

そりゃな。人多い場所でいちいちすれ違う人と挨拶してたら、延々「おはよう」言うてなあかんくなりますしね。

 

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この地は、元祖お遍路と言われる衛門三郎の故郷ということで、関連施設みたいなのがありました。

 

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御坂川。

水の代わりに草ボーボー

 

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お大師様お泊り跡が残る礼始大師堂

そして、1時間10分ほどで到着しました。

 

48番 西林寺(さいりんじ)

 

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こちらの境内は、門前の川よりも低い位置にあります。

遍路道よりも低い場所に境内があるのは、八十八箇所中ここだけ。

罪人が門をくぐると、地獄の中で最も厳しい無間地獄に陥るんだそうな・・・

またしても地獄・・・・

とりあえず、無事にくぐれたので罪人ではないと認めて頂いたようです。良かった、良かった。

 

こちらも、奈良市民にはなじみの行基さんが堂宇を建立。十一面観音像を本尊として祀ったのがはじまり。

ただし、元の場所はここではなかったそうで、現在地には弘法大使が移し伽藍もその時再建されたそうです。


お寺の西南200mほどのところには、当時干ばつに苦しんでいた民衆を救うため、大師が杖をつき掘り当てた泉「杖の淵」があるそうです。今も水は湧いていて名水百選に選ばれてるんだそう。

お大師様、ホンマ水掘り名人・・・

 

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立派な仁王門は、江戸時代の再建。

 

門前で出会ったおばあちゃんに

 

若いのに一人で歩いてるの?女性なのにすごいねー。こんなしんどいこと男の人でも滅多にできないのにー。すごいわー偉いわーすごいわー

 

ともんのすごい褒めて頂きました。

い、いや・・・そこまで褒められるとむしろ恐縮です。

なんせ、ちょいちょいバスやら電車乗ってすっ飛ばしてますからね・・・あはは・・・

 

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本堂


こちらに秘仏の十一面観音像様がいらっしゃいます。

いかんせん、秘仏のため見れず。

 

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大師堂

 

ものすごいアピール。


出発前にちょっと休憩していると、昨日も見かけた男性お遍路さんに

今日の天気を聞かれました。

スマホ持たずに歩いてるから調べられないとのこと。

 

おー!現代の機器に頼ることなく旅をされてるのですか。すごいです。

私もはやなんでもかんでもスマホに頼る生活になってしまってます。

 

そもそも、グーグルマップ先生がないと知らない土地行けない。

(愛媛は遍路道の案内がしっかりしてるので、今のとこ先生の力を借りずに来れてますが)

ちなみに、この後この方とは3つほどのお寺で顔を合わすことになります。

が、その後突如見かけなくなります。多分、道後でゆっくりされたのかと・・・

 

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寺前にある正岡子規の句碑を読んでから、次は3キロ先の49番 浄土寺を目指します。

近いっていいねー

 

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久々の踏切。伊予鉄道

電車がそもそもあまり走ってないですからね。線路を見かけることが少ない。


通勤する方たちに時折混じりながら40分ほど歩いて到着。

 

49番 浄土寺

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右側が木で隠れてしまってますが、とっても立派な仁王門&仁王像。

ちなみに、その隠れてる右側の阿形像の目は、一時期消失していたそうです。(今は修復済み)

仁王像の目ん玉盗むなんて。目に災い起きそうでとてもじゃないけどできないわ。




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だって、この顔よ。

(右、修復されて新しいからか目力強め)


孝謙天皇の勅願によって、恵明上人が開創したお寺。

 

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本堂

 

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大師堂 with おじさん

 

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踊念仏を広めたことで有名な空也上人が3年間この地に滞在しており、本堂には口から6体の阿弥陀如来を出している空也上人像が祀られているそうです。

 

恐らく、日本史の教科書で見たことがあるんではないですかね。

口からバーって仏像出てる空也上人像。

教科書に載ってるのは、京都の六波羅蜜寺の宝物館で見れます。

ぜひ機会があれば見てください。

高さ117センチで、小学一年生ぐらいの大きさなので「思てたよりでかっ!」ってなると思います。

どうでもいいですが、私小学校入学した際、119センチあり男女含めてクラス一のデッカちゃんでした。

4月生まれだからか成長早く、常に平均身長上回ってたんです。

 

ところがどっこい。

高学年で早くも成長が止まり、今では日本女性の平均身長を下回ってます。

(平均約158センチ 私156センチ)

おっかしーなー 160センチは軽く超える予定やったのに・・・・

 

余談さておき

6体の仏像は「南無阿弥陀仏」を唱えると、その一音一音が阿弥陀仏になったことを表しています。

ここ浄土寺では、空也上人像は見れず。


次は2キロ先の50番 繁多寺です。

 

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これ、道っつーか、単に家と家の間の隙間・・・

溝沿いの側道・・・

分かりやすくお遍路マークしっかり書いてくださってありがとうございます。

 

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左のカーブしてるのが遍路道です。

住民の方は、毎日毎日見ず知らずの人間がこんなに家の近く通ることに抵抗はないのでしょうか・・・


そして、この後お墓の間も通り抜け(いつもお墓を通る時は「失礼します」と心の中で挨拶してます。だって集合住宅地みたいなもんでしょ。)←それは違う。

ちょっと坂を上って20分ほどで到着。(2キロもなかったんじゃないかな)

 

50番 繁多寺

 

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松山郊外の丘の上に建ち、市街地を一望できる・・・とガイドブックに書かれてたんですが

 

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・・・ため池ビュー


地元では畑寺と呼ばれているこちらのお寺は、行基が開創。

その当時は光明寺という寺名でしたが、のちに弘法大師が札所にし、現在の名に改められたそうです。

 

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本堂

 

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大師堂

 

・・・お大師さん、赤いレッグウォーマー履いてるみたいになってます。オシャレですね。

本堂脇の歓喜天堂には、徳川四代将軍 徳川家綱の念持仏だった歓喜天像が祀られてるとのことでしたが・・・情報持ってなくて完全スルー。そのようなお堂があったことさえ記憶にございません・・・


次は51番 石手寺まで約3キロ。

 

私が旅の間愛用していたガイドブックはこちら。

納経帳とほぼ同じサイズで、サブバックに収まります。

地図と各お寺の案内が書かれてるので、一冊あるととても便利。