坂東三十三所観音巡礼、ついに最後の札所!
千葉県は館山市にある第三十三番・那古寺のご紹介です。
那古寺へのアクセス
JR内房線「那古船形」駅から徒歩20分
那古寺の最寄り駅は、前回ご紹介した30番・高蔵寺の最寄り駅「木更津」駅と同じJR内房線。
電車で約1時間15分の距離です。
ですので、順路としては今回私がとったように、31と32を先にまわり、最後30→33と参拝するのが効率的です。
最後の最後で、とんでもないハプニング発生
高蔵寺の参拝を終え、再びバスで木更津駅に戻り
さぁ!!いよいよ最後の那古寺に行くで~
と関西弁丸出しで気合いを入れたところに、1本の電話が入ります。
発信者は、私が宿泊しているホテル。
「・・・?何で」と思い電話に出ると
ホテルスタッフの方が
○○様、本日チェックアウトでご予約承っておりますが、スタッフが清掃に入った所、お荷物が置いてあるということでお電話させていただきました
と仰るではありませんか。
私は前々日から3泊の予約をし、この日もホテルに宿泊するつもりでした。
が、なんということでしょう。
3泊予約していたつもりが、実際は2泊しか予約していなかったのです。
・・・え?そんなことある?
あるんですね、驚きですね。
3泊なのに凄いお手頃価格だな~と思ってはいたんですよ。
ちゃんと見れば、チェックイン時に受け取ったレシートにもこの日がチェックアウト日として書かれていたんですよ。
でもね、気づきませんでした。完全に3泊で予約していると思い込んでいた私の脳みそは、わざわざ確認しようという考えに及びませんでした。
同部屋が空いていればもう1泊延泊をお願いできたのですが、残念ながらこの日はもうシングルがいっぱい。空いているのは、価格がグンと上がる上位クラスの部屋のみとのこと。
どうしてももう1泊しなければならない訳でもないし、どのみちシングルの部屋を空けるために、今ある荷物を自分で撤去しなければなりません。
ということで、従来通り本日チェックアウト、戻るまでの時間は延長料金を払うということにし「すいません!!今すぐ戻ります!!」と電話を切って、本来行く予定だった方向と逆路線に乗って、木更津駅から内房線を北上。
約30分かけて蘇我駅に戻り、ダッシュでホテルに戻って、大急ぎで部屋の荷物かき集めて、フロントで「すいません」と平謝りしながら延長料金を支払い、再び蘇我駅から内房線に乗車(この間、約15分)。
いや、何してんねん、マジで。
本日二度目ましての木更津駅を通過し、途中車窓から見える房総の海に慰められながら、当初の予定より1時間遅れで最後の札所の最寄り駅、那古船形駅に到着。

ついにここまで来ました。
いや~長かった。(色んな意味で。)
ホテルの予約日数を誤るという、前代未聞のミスを犯しはしましたが、幸いだったのが最後の那古寺は駅から徒歩圏内。
これが1日1本のバスでしか行けない、タクシーも常駐していないような立地だったらもっと最悪でした。
駅から県道沿いの道をしばらく行くと、今回も出会いました。

那古観音への近道。

高蔵寺の山道と違い、こちらは綺麗に舗装された階段です。

階段途中には弁財天。
階段は境内の脇に続いており、最後の札所であるにも関わらず、門をくぐることなく境内に到着してしまいました。
那古寺の歴史
縁起によると、創建は717年。
行基が元正天皇の病気平癒を祈願して、那古の海中から得た霊木で千手観音を祈願したところ病が治ったため、勅願によって堂宇が建造されたと言われています。
境内案内
仁王門

本来の入口となるのが、こちらの仁王門。
門は昭和36年の建築。


坂東三十三所の札所で出会う、最後の仁王様。

門をくぐると、左手に鐘楼。右手に阿弥陀堂と多宝塔。
そして、正面に見えているのが本堂の側面です。
鐘楼

鐘楼、梵鐘ともに昭和51年の建造と新しいものです。
阿弥陀堂

多宝塔

那古寺の堂宇は、1703年に起こった地震ですべて倒壊してしまったそうですが、その後こちらの多宝塔は1761年に建てられました。

観音堂


こちらの観音堂も地震で倒壊した後、1732年に再建されました。
(那古寺のHPには1758年の再建と書かれているのですが、境内外にあった案内書きによると「平成の大改修」の際、観音堂の再建が1732年に完了したことが分かったとのこと。)
堂に掲げられている扁額「圓通閣」の文字は、老中・松平定信の書。
宮殿には御前立の千手観音像、その両脇に不動明王像と地蔵菩薩像が祀られています。
また、重要文化財に指定された鎌倉時代作の銅造千手観音立像も安置されています。

ここが最後の坂東札所の観音様。
無事に三十三所まわれたお礼も込めて、しっかりと手を合わせました。

お堂から振り返ると、目の前には館山湾。
最後の最後に、どんよりお空ではありますが。

ただ、電車でここに向かっている途中、雨がひどく降っている場所もあったので、雨に降られなかっただけ良しです。
大黒堂


観音堂裏には、大黒堂を始めいくつかのお堂があったようですが、現在崩落してしまっていて、付近にも立ち入れなくなっていました。
三十三所最後の御朱印
観音堂の参拝を終え、納経所で最後の御朱印を頂きました。
結願寺である那古寺では、三十三観音結願の証(A4サイズぐらいの賞状のようなもの)を頂くことができます。
(那古寺以外のお寺で三十三所全てを終えた場合でも、納経帳など確認できるものをお送りすれば、郵送で結願証を送ってくださるようです。)
頂こうかどうか悩んだ結果、保管しておくだけのものより、普段から持ち歩けるものの方がいいな、ということで結願お守りを購入することにしました。

御朱印と合わせて、結願印も押して頂けました。
どの巡礼も、基本的にまわる順番は自由とされていますが、やはり最後は結願寺で締めくくる方が、このように結願の証を購入できたりしますし、心情的にも達成感を味わえます。
昨今、御朱印はデザインが多様化し、書置きで対応するところも増えていますが、やはりシンプルに墨&手書きで頂ける巡礼の御朱印が個人的には好きです。
御朱印をめくると、ほんのり漂う墨の臭いもたまりません。
(今も脇に御朱印帳を置いて、パラパラめくりながら、フンフンと匂いを嗅いで、ムフムフしています。)←シンプル変態。
坂東札所を始めたのは今から約7年前の2018年。第13番・浅草寺からでした。
当時の年号はまだ「平成」だったので、始めた頃にまわった札所の御朱印には「平成」の文字が書かれています。
坂東三十三所の札所の中には、始めるまでは全く知らなかったお寺が多数ありました。
公共交通機関でアクセスするには困難な札所も多くありましたが、この巡礼をしていなければ参拝する機会がなかったであろう寺院を訪れ、その歴史や景観を知ることができたことが何よりの経験です。
巡礼の間に、年号が変わり、途中コロナによる外出自粛という人生で経験したことがない災難もありました。
自分自身としても、会社員を辞めてサイドFIREという生き方を選択するようになるとは、7年前は全く予想していませんでした。(そもそも7年前にはそんな生き方があることすら知らんかった。)
当時生まれた子供が、小学校入学する年数ですもんね。そりゃ色々あるわ。
坂東の観音巡礼は結願しましたが、私は西国・坂東・秩父の観音巡礼を合わせた「日本百観音」巡礼結願を目標としています。
ということで、いずれ秩父三十四観音巡礼を始める予定。
予定は未定ですが、また新しい旅が始まる日が楽しみです。
利用案内
- 拝観料:境内無料
- 納経時間:9:00~16:00
おまけ
本来、この後千葉でもう1泊し、翌日は東京で開催されている「ラムセス大王展」に行こうとチケットも購入していました。
が、先述したハプニングにより宿泊先を失った私。
結願できたし、もういいやという気持ちになったので、翌日の予定をキャンセルしそのまま大阪へ帰宅しました。

展覧会では、アブシンベル神殿をVRで体験できるそうです。
9月7日までの開催で、それまで東京に行く機会はなさそうなので、ラムセス大王には自分のエジプト旅行写真を見返してお会いすることにします。
その他の札所訪問記は、こちらから。