えちこの旅ブログ

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【続100名城】No.163 黒井城(兵庫)

久しぶりに過去のお城訪問回顧録。

訪問日:2019年5月4日

黒井城へのアクセス

JR福知山線「黒井」駅から登山口まで徒歩約10分

この地は、春日局の出身地ということで、駅前には幼少期のお福(春日局の幼名)像があります。

帰り際に興禅寺というお寺前で見つけた地図なので、現在地が駅からだいぶ離れていますが、駅と城跡までの位置関係はこんな感じ。

駅から登山口まで徒歩10分ほどで行けるとってもアクセス良しの山城です。

スタンプ設置場所は、駅から徒歩10分ぐらいの場所にある春日住民センター

www.city.tamba.lg.jp

丹波の赤鬼!見参!!

荻野直正は、養父を暗殺し黒井城を奪い、そこから「悪右衛門」と称されるようになったとか。

・・・尻尾生えてる?

春日住民センターから、登山口を目指します。

恐らく、あの目の前の山だと思われる。

登山口到着。

山城では割とお馴染みの「ご自由にどうぞ」杖もあります。

もちろんなだらかコース選択です。

この時、お遍路最終路で痛めたアキレス腱(原因は滑液包炎)が完治しておらず。

それなのに同じトレッキングシューズ履いてきちゃったから、道中で痛みぶり返すっていう失態を犯しておりました。

ま、痛くなくてもなだらか一択ですけどね。

なだらかコースと言えど、最初は多少登ります。

お天気がいいので、気持ちいいハイキング。

20分ほどで頂上到着!

ナイスビューです。

黒井城の歴史

黒井城は、標高356mの猪ノ口山にあります。

1335年、丹波氷上郡を与えられた赤松貞範が築いたのが始まり。

16世紀前半に荻野氏の城となり、先述の荻野(赤井)直正が城主となったのち大改修が行われました。

直政は、一度は織田信長に服属するも離反し、、明智光秀の丹波平定に最後まで抵抗。

しかし、明智軍によって落城し、その後は光秀の重臣・斎藤利三(春日局の父)、豊臣秀吉の家臣の堀尾吉春らがおさめました。

城内の見どころ

東曲輪跡

石垣がしっかりと残っています。

二の丸跡

この日はGW真っ只中。

山城って休日でもだーれもいない貸し切り状態の場所が多々あるんですが、ここは頂上からの眺めも良好なので、単純に山登りを楽しむハイカーさんの姿が多かったです。

本丸跡

二の丸から上がった先に本丸跡があります。

黒井城は、別名「保月城」とも言います。

結構別名持っているお城多いです。

いいですよね、別名。

「またの名を三代目スケバン刑事・麻宮サキ!」みたいで。(例えが完全に昭和。)

この景色を見ながら私もお昼ご飯のパンをもしゃもしゃ。

しばらくのんびりしたのち、ちょうどさっきまで自分がいたあたりの下にある石垣を見学。

見上げていたら蜂に追われたので、早急に退散。

春日局の生誕地・興禅寺

下山後、山のふもとにある春日局の生誕地・興禅寺へ。

山門は、近年京都府宮津市にある智源寺から移築されたものだそう。

本堂

お福の産湯として使われたと言われている井戸。

黒井城は駅から近いし、山自体も20~30分程度で登れるお手軽ハイキングができる山城。

登って眺め良し!山頂の石垣も良し!で、かなり私好みの山城でした。

続100名城のスタンプ帳 公式ガイドブック