過去のお城訪問回顧録。
前回に続き、大阪にある続100名城。
今回は飯盛城をご紹介します。
訪問日:2019年3月9日
飯盛城へのアクセス
JR学研都市線「四條畷」駅から徒歩約1時間
JR学研都市線「野崎」駅から徒歩約1時間20分
飯盛城は、河内飯盛山に築城された山城ゆえ、1時間強のハイキングウォーキングが必要です。
余談ですが最寄り駅の一つ「四條畷」は大阪の難読地名の一つで「しじょうなわて」と読みます。
恐らく大阪府民の大多数は読めるけど、四條畷市民以外の人は漢字で書けないんじゃないかと思います。
だって「畷」って漢字、四條畷市以外で見たことないもの。
そもそもどういう意味なのか調べてみたら「あぜ道」や「まっすぐな長い道」という意味なのだそう。
へー。
スタンプ設置場所
私は野崎駅で降りたあと、まずはスタンプをゲットするため大東市立民俗資料館へ。
野崎駅からは徒歩10分程度です。
四條畷側にある四條畷市立歴史民俗資料館でもスタンプは押せます。
飯盛城は、四條畷市と大東市にまたがるように位置しているので、両市からアクセス可能。
ちなみに大東の読み方は「おおひがし」ではなく「だいとう」です。
ニホンゴ、ムズカシイネ

「きぶらり」って何だろうって思って入ったら、中に図書館がありました。
おぉ!!なるほど!
「来(らい)ぶらり」!!
二階に上がると
ご自由にどうぞ感満載の資料館があります。無料です。
真ん中の人、自動ドア開くたびに顔面割れるんですけど、もうちょっとどちらかに寄れなかったかな。
中は、二部屋ほど展示室あり。
スタンプ横にあったパンフレットには、大東市役所前に設置されている三好長慶像の写真。
(6年前なので、デザイン変わっているかもしれませんが・・・)
飯盛城の歴史
飯盛城の正確な築城年代は不明。
本格的に城郭を整備したのは、16世紀半ば河内守護・畠山氏の家臣、木沢長政だと考えられています。
長政は1542年に三好長慶と戦い敗死。以後、飯盛城は三好氏の城となりました。
この飯盛城入城前に、三好氏が居城していたのが前回ご紹介した芥川山城です。
長慶の死後、三好三人衆は高屋城へ。
そして1575年高屋城を落とし河内を平定した織田信長は、河内の諸城を破城することを命じ、そのとき飯盛城も廃城したとされています。
城内の見どころ
山頂への道のり
資料館から10分弱歩くと、野崎観音に到着します。


河内飯盛山ハイキングコースなるものがあります。
下にハングルと中国語が書いてありますが、実際結構韓国や中国の方を見かけました。
え?何でこんなとこのハイキングコース知ってるの??
私、飯盛城が続100名城に選出されてなかったら、多分来る機会なかったよ。大阪府民やけど。
さぁ、それでは約1時間の山城ハイキングスタート!
手書きの案内表示を頼りに歩きます。
何となく、右側の「吊橋道」を選択。
まさに吊り橋道。
プリンの入れ物みたいな子が道案内してくれました。
私は先ほどのハイキングコースマップで、ピンク色になっている絵日傘コースを登ることにしました。
芥川山城同様、こちらでも2018年の台風の爪痕が残っていました。
竹林抜けて
またプリン君に遭遇。
頭に載せた板が、温泉つかった時のタオルみたいで可愛い。
ちょいちょい手書き感満載の案内があるので、方向音痴の天才の私でも、道に迷うことはありません。安心、安心。

森の精みたいな子たちがいました。
飯盛山、とってもファンタジーじゃないか!
突如目の前に建物が出てきたので近づいてみたら
FM送信塔でした。FM802は関西でとっても有名なFM局。
「はちまるに」って言いますねん。(急に関西色強め)
ちなみにこの送信塔があるのは千畳敷曲輪跡。
楠木正行像
楠木正成の息子・正行(小楠公)像。
この像がある場所が、城内の最高地点です。
城址マップ。
右手の大東市側から登ってきて、左へ進んで帰りは四条畷市側に抜けるルートで進みます。
本廓には展望台があって、周りには沢山のハイカーがいらっしゃいました。
私が知らんだけで、飯盛山はハイキングスポットとしてなかなか人気の場所やったみたいです。
山頂からの眺望

大阪の色んなもん見えます。(ざっくり)
石垣跡


石垣づくりの城の先駆けとも言われている飯盛城。
状態のよい石垣が残っているのも特徴です。
山頂から四條畷方面へ
四条畷神社の方の道を進みます。
どういうタイミングで撮れたのか分かりませんが、やたら躍動感ある1枚。
別にトレランしてた訳じゃなく、ずーっとちんたら歩いてたんですけどね。
登山300回記念の碑。
どなたか分かりませんが、おめでとうございます。
四条畷側からの景色。
事前にルートを調べた際、四条畷側からの方がきついという書き込みが多く、それで野崎観音から行くルートを選択したのですが、きついと言われる理由が分かりました。

傾斜がとても急。
このように階段状に整備はされていますが、結構な急傾斜です。
大東市側からは、そこまで傾斜はきつくないので登りやすいと思います。
プリン君とか森の精にも会えるし。(今もいるか分かりませんが・・・)
最後、降り立った道を振り返ったの図。
遍路道みたい。(当時、山道を見ると「遍路道」を思い出さずにはいられない「お遍路脳」になっていました。)

四条畷神社をゴールにするつもりが、途中で道誤って御机神社に出てきました。
どこに行っても、安定の迷子。
めちゃめちゃパッチリおめめ。
四條畷駅へ向かう途中、四条畷神社の前を通りかかったんですが・・・
めーっちゃ階段あったんで行くの止めました。
帰りは四條畷駅から電車に乗り帰宅。
大阪市内からのアクセスも良く、日帰りハイキングにはなかなかいい場所やな、と思います。
まぁ、また行くんかと言われたら・・・
・・・うん、そうね・・・機会あれば・・・(あれから6年。一度も四條畷市及び大東市に足を運んでいません。)
利用案内(大東市立民俗資料館)
- 入館料:無料
- 開館時間:9:30~19:30
- 休館日:第1・第3火曜日(祝日の場合はその翌日)、年末年始
続100名城のスタンプ帳 公式ガイドブック