富山&新潟の旅、最終日にしてとんだハプニングを引き起こし、計画が総崩れとなってしまいましたが、気を取り直して100名城の春日山城へ。
(完全にポンコツが炸裂したくだりは、こちら↓)
春日山城へのアクセス
・JR北陸本線「直江津」駅から頸城バス「春日山荘前」下車徒歩15分
・JR信越本線「春日山」駅から徒歩約40分
※いずれも春日山神社・謙信公銅像までの時間。銅像から本丸までは徒歩約20分
※100名城のスタンプが設置されている「春日山城跡ものがたり館」までは、春日山駅から徒歩20分
私は、直江津駅でスマホを無事確保したのち、春日山駅までの電車がしばらくなかったので、直江津駅から「春日山城跡ものがたり館」まで40分かけて歩きました。
(この方が、電車待って駅からさらに20分かけて向かうより早かったので。4キロ以内は徒歩圏内です。)
春日山城の歴史
戦国時代に越後を治めた武将、上杉謙信が居城としたお城。
春日山城は石垣がなく、自然の地形と土木工事によって作られた空堀や土塁などによって曲輪を守っていました。
1579年に謙信公の養子である上杉景勝に、その後景勝の会津移封に伴い堀秀治に城は引き継がれましたが、堀氏が1607年に直江津港近くに築いた福島城に移ったのを機に廃城となりました。
春日山城跡ものがたり館・春日山城史跡広場
直江津駅から徒歩という一般的ではないアクセス方法で、100名城のスタンプ設置場所である「春日山城跡ものがたり館」に到着。
こちらの館内では、上杉謙信の生涯や春日山城について、映像や展示で紹介されています。また、上杉謙信と言えば、有名なのが武田信玄との「川中島合戦」
その模様を描いた川中島合戦屏風も見ることができます。
ここに来るまでに、上杉謙信についての小説とか漫画とか、何かしら読んで勉強しておこうと思っていたんですが、時間なかったですわ。無職の癖にね。何でやろ。
建物の2階からは、隣接する春日山城史跡広場の全体を見下ろすことができました。
広大な山城の裾野部分にものがたり館と広場があります。よく見ると、現在地の部分、銃弾で撃たれたかのようにひび入ってないか・・・?
越後の龍・謙信公ゆかりのお城、じっくりしっかり巡りたかったのですが、本日私時間がありませぬ。(スマホ放置というハプニングがなかったとしても、元々ここではあまり時間が取れない計画でした。)
ゆえに、城跡までは行かず、麓のゆかりの場所だけまわることに。
まずは春日山城史跡広場。山裾に築かれた濠と土塁からなる総構(そうがまえ)が復元されています。
春日山城模型。
シンプルにだだっ広い広場でした。
春日神社
史跡広場から約1キロの場所にある春日神社。
鳥居前にあった説明書きによると、春日神社の創建は958年。越後国府鎮護の神として、奈良の春日大社の分霊を勧請し、山頂に祀りました。以後、この山が春日山と言われるようになったそうです。
春日山城築城に際し、現在地に春日山鬼門鎮護の神として移されました。
まさか私の出身である奈良とここ春日山にそんな繋がりがあったなんて。
春日大社との繋がりを示すもの発見!燈籠に鹿!
再び鳥居をくぐり
階段を上った先に本殿がありました。
最近建て直しがされたと思われる非常に綺麗な本殿。
春日さん、こんにちわ。私も奈良から来ました。(今大阪住まいですけど)
(関西人は神社を「〇〇さん」とさん付けで呼びがちです。「住吉さん(住吉大社)」とか「みわさん(大神神社)」とか。)
「ものがたり館」でもらった春日山城の地図に、神社前に架けられた赤い橋付近が『春日山おすすめビュースポット』となっていたので行ってみました。
なるほど、山城の全景がよく見えます。遠目で城攻めして春日山城見学終了。
上越市埋蔵文化財センター
電車の時間までまだ少しだけあったので、駅に行く前にもう1か所「上越市埋蔵文化財センター」へ。
館内は入館無料。神社からここに来るまでに、あと1か所どこかに行こうか、どこならギリ行けるかと悩んでるうちに時間が経過し、展示品を見る時間がほぼ残っていませんでした。
上杉謙信に関する展示が分かりやすくされていて、ちゃんと時間をかけて見たかったのですが・・・
という訳で、逆行でほぼ顔が分からない謙信公像の写真を撮っていそいそと春日山駅へ。
電車本数の少ない地域を旅すると、常に時間に追われることとなります。
(まぁ、電車が走っているだけマシなんですけどね。)
続いては、この旅最後の目的地「高田城」へ向かいます。
おまけ
工事現場とかでよく見かけるやつ(名前何て言うの?)謙信バージョン。
100名城公式ガイドブック(スタンプ帳付)