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【飛鳥時代】大野城(福岡)


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歴史巡りの旅。

教科書で一度は目にしたことがある、その時代を代表する遺跡・歴史建造物を紹介しています。

 

※この記事は私が過去に書いていた

 史跡めぐり【プラスあるふぁ】ぷらっ旅

というブログ記事に加筆修正を加えたものです。情報は訪問時のもののため、現在とは異なる場合もあります。(施設の内容や開館状況など)ご了承ください。

時代:飛鳥時代

大野城(福岡県糟屋郡太宰府市大野城市

 (訪問日:2018月4月27日)

 

飛鳥時代朝鮮半島には高句麗新羅百済加耶諸国がありましたが、562年に加耶諸国はに滅ぼされます。さらに、新羅は唐と結んで660年に百済を滅ぼします。百済はその後も抵抗を続け、日本にも援軍を求めました、しかし、663年の白村江の戦いで唐・新羅軍に大敗し援軍は失敗。高句麗も668年に滅ぼされ、朝鮮半島新羅に統一されました。

唐・新羅連合軍の襲来を恐れ、大和朝廷は様々防衛施設を築きます。その中で、太宰府の北側の守りとして大野山に築かれたのが大野城です。

 

最寄り駅は、太宰府天満宮があることで有名な西鉄太宰府駅

この電車に乗ってる時、外国人観光客のご夫婦と、地元のおばちゃんが交流を深めてるシーンに遭遇しました。

片言の英語ながら、自ら積極的に「ウェアアーユーフローム?」と話しかけるおばちゃん。

「ロシア」との答えを聞くなり

「オー!!!プーチンランド!!!」

・・・いや、まぁ、そうやけど。

その後も、「プリーズ、プリーズ」とお菓子をあげながら

「ディスイズジャパーニーズ・・・ん~・・・和菓子!」

・・・いや、おばちゃん、和菓子がおもいっきり日本語やからー

そのお返しとして、ロシア人のご夫婦もおばちゃんにお菓子あげたりしてて、ツッコミどころは満載ながらも素敵なシーンでした。


はい、そんなこんなで駅到着。

大野城山の上にありますが、本格的な山道ではなく、舗装された道から少し入って遺構を見る感じ。

駅から徒歩だと40分ほどかかるそう。時間に余裕もないので、バスで行こうかなーと調べてたら駅にレンタル自転車(電動)があるということで、早速レンタルサイクルを借りに。

 

改札横にある受付で手続きをしていると、太宰府行かれます?」と受付の女性の方に言われました。

「いえ。太宰府には行かないです。大野城行きます」

「・・え?」

えぇ、えぇ。ここまで来て、あえてあの有名な太宰府天満宮をスルーです。

菅原道真公も衝撃なことでしょうよ。

 

ちなみに、太宰府天満宮は、別に自転車借りなくても歩いて行ける距離です。

というか、そこまでの道は人が多いので自転車降りてね、って地図で指示されてました。その他、周辺の史跡巡り(大野城まではいかずとも)をするのであれば便利なんちゃうかなーと思います。

「え?自転車で?結構距離ありますよ。上り坂ですし」ととても心配されました。

が、マラソンやらお遍路やらで距離感覚が人並み以上にバカになってる私。

世間の遠いは私のちょっとそこまで。3キロ弱ぐらいの道のり、どうってことありまへん。

ただ、自転車借りるなら絶対電動じゃないと無理な道のりでした。

(レンタル料は普通の自転車500円。電動800円。+300円の価値、大いにあります。電気万歳)


あと、マップはレンタル自転車のとこでもくれるんですが、大野城が乗ってない近場のサイクリングマップなので、近くにある観光案内所の方がより広域地図もらえます。

駅周りは観光客がわんさかいましたが、大通りを外れ、大野城方面へ進むとすぐに観光客の姿全くなくなりました。

 

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山方面へ入った途端ずーっと上りです。

電動でも結構ペダルが重かったので、普通ママチャリなら相当きついです。

4月下旬やけど、坂上ってると汗だく。

 

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ちゃんとスマホもセットできます。

いったいどこを目指せばいいのかよく分からず来てしまったのですが(来たらなんとかなるかなと・・・)

この大野城は「日本100名城」にも選ばれています。100名城のスタンプを集めている私は、まずはスタンプ設置所となっている四王寺県民の森管理事務所を目指してみます

 

延々と上り続けたあと、今度はおもいっきり下り坂。

クマバチ?と思われる虫が多数登場です。

自転車でぶわーって降りてる目の前に突如現れるから、あわや正面衝突。

もう、ほんま勘弁してください。

んぎゃーって避けたら、今度は細かい砂ゴミが目に入って、目ぇ激痛(ハードコンタクトなもんで)

目ぇ痛いぃぃぃぃぃ って涙流しながら、下り坂爆走。

いつか事故起こすわ、ほんま。起こしても自業自得のことしかしてへんわ。

 はい、そんなで汗と涙で顔面水浸しになりながら、無事到着。

 

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四王寺県民の森管理事務所

正面の建物の玄関前にスタンプ置いてありました。

あと四王寺山(しおうじやま)マップなるものがあったので、それをもらって「さて、今からどこへ行こうか」と思っていたら、たまたま出会った男性(多分、このセンターのスタッフの方)が

「百間石垣行ったらいいよ」と教えてくれました。

「スタンプのデザインになってるとこだから」と。

ほー。それは行かなくては。(ってか、事前にもっと調べてこいよ)

 

自転車で行けるよ、ってなことでまたまた自転車乗って百間石垣を目指します。

あんなに頑張って上ってきたのに、石垣まではさらに下りです。

いやー、これまた帰り上るんかーい。

っていうか、やだー、まためっちゃ目ぇ痛いぃぃぃぃ。

(ちょっとしたチリでもめっさ痛い。まるで針に刺されてるようだ、とさえ思う。実際、針で目ん玉刺されたらこんな痛みじゃないやろうけどな、とは分かってる。これ、ハードコンタクトあるある。多分)

 

そして到着。百間石垣

 

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1500年近く経った今なお、石垣や石塁が点在しています。

その中でも最大規模の石垣が、この百閒石垣。長さ約180mの遺構です。

 

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せっかくなので、ちょっと上ってみた。

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上ると、より間近で石垣見ることができます。

よくぞこんな長い間残っていたもんです。

 

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戦国時代も好きですが、その次に幕末と同じぐらい古代の歴史が好きなので、人知れずテンション上がってます。

しかも全然人がいない。(坂を降りてくる途中、地面にある何かを探しているおじさんは見かけたけど。なんやろ。キノコ採り名人かな。)

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山だぜ。としばらくボーっとしてたら・・・

クマバチと思しきやつ来たぜ。逃げるぜ。


このあと、更に北側にも北石垣など遺構があるようでしたが、そこまでは行かず来た道をまた戻ることに。下って来たら、上らなければなりません。

・・・電動自転車の上り坂、最初の一こぎ超重い・・・

 

来た道を戻りがてら、もう1カ所立ち寄ってみることにしました。

駐車場が設置されてるビューポイントがある尾花礎石群というエリア。

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ここ、元旦にはご来光スポットとして訪れる方が多いそうです

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こちら大野城の土塁跡。山を囲むように約8キロあるそうです。

 

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ちょっとこのエリアをぶらついたものの、またまたクマバチと思われるやつに追いかけられて「あー、もう嫌ー!!」ってなって退散。カマキリ先生なら喜んで捕まえるんでしょうけど。

 

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こちらが大野城の史跡エリア。

右下の方の現在地ってなってるのが、今ご紹介したビュースポットエリアです。

 

このあとは、駅までひたすら下り。またまた途中で目にゴミが入って

「目ぇぇぇぇ痛いぃぃぃぃ」と号泣し、視界不良で下り坂爆走。

自転車乗る時は、ハードコンタクトはやめておこう・・・(教訓および反省)

 

最新情報はHPでご確認ください。

大野城自体は、ある種山の一部みたいなものなので、コロナ渦であってもいつでも自由に見学可能やと思います。)

四王寺県民の森