えちこの旅ブログ

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【100名城】No.9 久保田城(秋田)|2024年4月 桜求めて秋田旅②

秋田城を見学した後は、バスで秋田駅に戻りこの日2つ目のお城巡り。

iechiko.hatenablog.com

桜の名所でもある久保田城は、秋田城と大違い。花見客で大混雑でした。

久保田城へのアクセス

JR「秋田」駅から徒歩約10分

久保田城の歴史

関ケ原の戦い後、常陸国から出羽国に転封された、清和源氏の流れを汲む佐竹義宣(よしのぶ)によって、久保田城は築城されました。

1603年に築城が開始され、翌年には初代藩主の義宣が久保田城に入りました。

久保田城の特徴として、石垣がほぼ用いられておらず、土塁や堀を巡らした城であること、天守閣が始めから造られていなかったことがあげられます。

天守閣が造られなかったのは、当時の財政事情や、徳川家への配慮があったのではないかと考えられています。

現在は、千秋公園として整備されており「日本さくら名所100選」の一つにも選ばれる桜の名所にもなっています。

城内の見どころ

私が訪れたのは、4月14日の日曜日。

ちょうど公園内で「千秋公園さくらまつり」が開催中。

お天気は晴れ。気温も暖かく、お出かけ日和。

ある程度予測はしていましたが、思った以上にお花見客で公園内が大賑わい。

秋田城のお堀、ほぼ地面と変わらない高さに水が張られています。

石垣がなく高さが出ない為、こういう作りになっているんだと思います。

お堀の中に、通路があったんですけれど、この時は入れないようになっていました。

お堀の水と、同系色の鯉、いっぱいいた。

内堀

大手門の堀を渡り、秋田市文化創造館などの建物を超えると、内堀があります。

二ノ丸跡

二ノ丸跡周辺には、売店があり、またさくらまつりに合わせて、沢山の出店が出ており、ただのお花見広場と化していました。

上から見た二ノ丸跡。桜の名所のお城は、桜もお城も好きな私にとって最高の組み合わせではあるんですが、いかんせんその時期は、通常時より人が多すぎるというデメリットがあります。人が多すぎて、周りの景色がよく分からんってなる・・・(好き好んで、この時期に来ている自分のせいなんですが。)

裏門跡を通り、本丸方面へ。

本丸跡

本丸跡の周囲にも桜が植えられていて、現在はお花見スポットと化しています。

第12代藩主・佐竹義堯(よしたか)公銅像。

最後の藩主で、戊辰戦争では新政府側として戦った方だそうです。

御隅櫓

本丸北西の高台に、秋田市政100周年を記念して、平成元年に建設された御隅櫓があります。

元々この場所にあった御隅櫓は、物見と武器庫の役割を持つ二重櫓でしたが、平成の櫓は三重四階にバージョンアップ。

100名城のスタンプは、ここにあります。

ちなみに御隅櫓は、12/1~3/31までの期間休館となり、その間のスタンプ押印場所は、秋田市文化創造館になります。

観覧料(大人150円)を支払って、中へ。

中は、展示施設になっています。

久保田城と周辺のジオラマ。

参勤交代の様子。

解説パネルによりますと、参勤交代にかかる日数は11~14日。費用は秋田藩の支出財政の23.4%も占めていたそうです。

各藩の経済力削減の方法として、賢い方法を思いついたなー江戸幕府、と思います。

最上階は展望台になっています。

知らない街を上から見ても、正直どこに何があるかはさっぱり分からないんですけどね。

でも、楽しい。

大平山(標高1150m)が綺麗に見えました。

昨年の高田城では、すっかり散っていた桜。

iechiko.hatenablog.com

今年の久保田城では、満開の桜を見ることができました!

八幡秋田神社

歴代藩主を祀る神社。

平成17年に放火で焼失してしまったそうですが、現在は再建されています。

表門

本丸の正門。

本来は、ここから本丸に入るべきだったんでしょうが、裏門跡から行ってしまったため、本丸から出てくるために表門を通るルートとなりました。
現在の門は、当時の絵図などの文献資料を元に再建されたものです。

御物頭(おものがしら)御番所

表門の下手にある御物頭御番所

城内の二の門(長坂門)の開閉と、城下の警備、火災焼失等を担当していた物頭(足軽の組頭)の詰所。

久保田城内で、唯一現存する藩政時代の建造物です。

中は自由に見学することができました。

上がろうと靴を脱いでいたら、中にいた中学生ぐらいの男の子たちに「お疲れ様ですっ!」て挨拶されて、咄嗟に声が出なくて、愛想笑いと会釈で返すことしかできませんでした。

(基本、一人の時は声帯の電源オフにしているので、急に声をかけられると声が出ないことが多々ある・・・)

せっかく挨拶してくれたのに、半端な対応で申し訳ない・・・

南側のこの部屋で、登城者を監視していたそうです。

こっちは休息所と思われるお部屋。

番所のある高台から、二ノ丸のお花見風景を眺めて、久保田城散策終了。

秋田市立佐竹史料館にも行きたかったのですが、令和7年2月まで改修工事中で休館とのことでした。残念。

利用案内(久保田城御隅櫓

  • 開館時間:9:00~16:30(秋田市立小中学校の夏休み期間は9:00~19:00)
  • 休館日:12/1~3/31
  • 観覧料:一般150円 高校生以下無料

★千秋公園内は入園無料。年中入園可

www.city.akita.lg.jp

おまけ

この日の日中は、25度近くまで気温が上がり、非常に暖かったので、秋田名物「ババヘラアイス」を食べようかと思っていたのですが、どこも人気で行列ができていました。

1個1個おばあちゃんがヘラで形作るのもあって、結構時間がかかっていることもあり、ババヘラアイスは諦めて、千秋公園近くのにぎわい広場で行われていたマーケットへ。

こちらで、ボイセンベリースムージー(600円)を購入。

ベンチに座って飲んでいたら、目の前に超絶可愛い秋田イッヌがいて、飼い主さんに不審がられない程度にチラ見していました。(多分、十分不審者やったと思うけど。)

秋田に来たら、秋田犬に会うのも楽しみの一つだったのですが、生秋田犬、可愛すぎる。あー!!!モフモフしたーい!!という欲求を、理性で押さえて横目でちらり。(犬版の変質者)

【続100名城】No.107 秋田城(秋田)|2024年4月 桜求めて秋田旅①

関西の桜が散り始める頃、桜前線と共に北上し、初めて秋田に上陸してきました。

f:id:iechiko:20240419111554j:image秋田イッヌ。可愛すぎて罪。
f:id:iechiko:20240419111549j:image

秋田は色々見どころがあるのですが、いかんせん広く、車の運転ができない身としては一度にあれもこれもと行くことは不可能。

ということで、今回は秋田駅近くのホテルを拠点に3泊4日の旅となりました。

秋田駅の改札出たらお出迎えしてくれる、でかい秋田イッヌとなまはげさん。

まずは、定番のお城巡り第1弾。秋田城をご紹介します。

秋田城へのアクセス

JR秋田駅から、秋田中央交通バス「将軍野線」または「寺内経由土崎線」行き乗車約20分。

「秋田城跡歴史資料館前」バス停から徒歩約3分。

利用案内|秋田市公式サイト

バスの本数は1~1時間半に1本程度です。

秋田城の歴史

秋田城は、奈良時代に日本海側の出羽国(でわこく)に置かれた地方官庁。

『続日本記』には「733年に出羽柵(いではのき)が、庄内地方から秋田村高清水岡に移転した」という記述が残っています。

移転後当初は出羽柵と呼ばれていましたが、760年頃「秋田城」と呼ばれるようになりました。

秋田城は、律令国家を進める奈良時代に、東北地方の蝦夷支配を目的として設置した城柵(軍事・行政機関)の一つ。その中で、最も北に位置しています。

平安時代の878年、蝦夷の人々による元慶の乱が起こり、一時的に占拠されますが、10世紀の中頃までは機能していました。その後、10世紀後半に古代城柵としての機能を失いました。

城内の見どころ

秋田城があったエリアは、「秋田城跡史跡公園」として整備されています。

上記マップの真ん中辺り、ちょっと濃い緑のお抹茶色している部分が公園。

まずは、歴史資料館でスタンプを押そうと向かっていたら

えぇぇ。付近はそれほど山深い感じもしないのに、こんな所にまでクマさん出没ですか・・・熊鈴、持ってきてないんですけど。

秋田市立秋田城跡歴史資料館

続100名城のスタンプの設置場所。

帰りのバスが1時間後なのであまり時間がないのですが、こちらで少しお勉強もしたいので、入館(有料)

こちらでのスタンプは、出口付近にあるため入館料が必要となります。

ですが、秋田城のスタンプはもう1か所、史跡公園管理棟にもあり、そちらであれば無料で押せます。

ただし、9:00~16:00以外は押印不可&12~3月の冬季期間は閉鎖されるそうなので、ご注意を。(冬季期間も、資料館であれば押印できます。)

秋田城の全貌ジオラマ。

城内から出土したものが、色々と展示されていました。

「人面墨書土器」は、人についた穢れを封じ込めて祓うための、いわば呪いの道具だったようです。

祓う対象の人の顔がユニーク過ぎるんだが・・・

そして、ここ秋田城で最も私が見たかったものがこれ。

古代の水洗トイレです!

資料館では、ちゅう木(くそべら)も展示されていました。

毎回思うけど「くそべら」っていう名前のストレートさよ。

こんなの現代人が使ったら、おケツ、血まみれ確定。一発で皆さんボラギノールのお世話になることでしょう。

そして、沈殿槽内の出土状況写真があるということは、これは使用後・・・?

古代のトイレ事情に妄想を膨らませながら、資料館を出て史跡公園内へ。

史跡公園内は無料で入ることができます。

政庁

政庁は、東西94m、南北77mの区域にある秋田城の中心施設。

まずは資料館から、公園内へ渡る史跡公園連絡橋を渡ります。

この橋の手前は、当時の政庁の西門にあたる場所。

秋田城で最も重要であった正殿跡。

ほぼ同じ場所で、6回建て替えられており、最初の正殿は白壁で床には煉瓦が敷き詰められてたことが、発掘調査から分かっています。

政庁から城外へ

政庁の東門を抜けると、

ドンと城内東西大路が広がります。

当時この道は、政庁から外郭東門を経て、城外へ延びていました。

政庁などと同様、こちらの道路も6時期の変遷があることが分かっています。

復元されている道は、奈良時代のもので道幅12m。なお、平安時代には9mに狭められたそうです。

奈良時代の大路は、現代の道路によって途中分断されています。

復元された外郭東門と外郭築地。

鵜ノ木地区

外郭東門の外側にある鵜ノ木地区には、寺院兼客館がありました。

建物跡と共に、井戸跡も見つかっています。

出羽柵が遷された、733年頃に造られたと考えられています。

水の確保は、生きていく上で何よりも大事ですからね。

水さえあれば、人間は食べ物がなくても30日ぐらいは生きられるって聞いた事あるし。

古代水洗トイレ

お待ちかねの古代水洗トイレです。

城内の見学時間があまりなかった上に、城内が思ったより広かったので、実際は一目散にこのトイレ目指して歩いてきていました。(シンプルに、トイレ行きたい人の行動。)

小屋の見た目は、現在のトイレとしても通用しそうな外観。(ただし、実際この見た目のトイレ入るには、勇気いるけどね。)

調査の結果から、奈良時代後半のものであることが分かっています。

私が何でこんなにトイレにこだわっているのかと言いますと、このような建物構造を持ち、水洗機能が整備されたトイレの遺構は、ここ秋田城でしか発見されていないからです。

すなわち、ここは、現在発見されている日本最古の水洗トイレな訳です!

トイレ跡は、盛り土した上に建てられており、建物内の便槽から斜面方向に木樋が埋められ、その先端部分には沈殿槽が掘り込まれています。

この沈殿槽に溜まったものは、ずーっと放置だったんだろうか・・・(お食事中の方は、想像しないように。)

トイレの中も復元されているので、中に入ってみます。

3つの便槽があり、それぞれちゃんと個室になっています。

トイレ内のプライバシーが、ちゃんとこの頃から守られていたようです。

こちらが、TOTOの先駆けともなる古代の水洗トイレ(復元)です。

水洗用の設備が確認されなかったため、大甕に貯水して、柄杓で水を汲んで流したと考えられています。

トイレの復元の場所に、よく「使用できません」っていう注意書きがあるんですけど、注意書きなければ実際使っちゃう人いるってことなんでしょうか。さすがにアホすぎん?

足場の木の間から、便槽も覗いてみた。

綺麗です。(そりゃな。)

古代水洗トイレは、客館に付属する施設のようで、検出された寄生虫の分析から近畿地方や、大陸からの来訪者が使用したと考えられているそうです。

そんな事まで分かるのか・・・う〇こってすげぇ。

お尻を拭く、ちゅう木もありました。

トイレって、誰もが1日に1回以上使用するし、文化や文明を反映したものの一つでもあると思うんですよね。

海外に行くと、日本のトイレの清潔さとクオリティの高さを改めて感じますし。

100名城・続100名城には、数か所の古代城が選ばれていますが、トイレに関する遺構はここだけ。

そんな訳で、このトイレの存在は凄く興味深くて、実際に見てみても面白いものでした。

(今回、話の半分がトイレ・・・)

利用案内(秋田城跡歴史資料館)

  • 開館時間:9:00~16:30
  • 休館日:年末年始(12/29~1/3)
  • 観覧料:一般310円 高校生以下無料

★史跡公園内は入園無料。年中入園可

www.city.akita.lg.jp

おまけ

資料館にあった、古代水洗トイレ復元模型。

最中が、復元・・・

続100名城のスタンプ帳 公式ガイドブック

【100名城】No.30 高遠城(長野)

過去の名城と桜巡りの旅。

今回は、2015年すっかり葉桜になった桜を見つめた、弘前城から1年。

桜リベンジ!と意気込んで訪れた、長野県の100名城の一つ高遠城のご紹介。

最初に言います。ここ、私の旅史上、最も満開の桜を、沢山見る事ができた場所でした。

訪問日:2016年4月9日

高遠城へのアクセス

JR飯田線「伊那市」駅からバス(JRバス関東)で約25分「JR高遠駅」下車 徒歩約15分

伊那市駅に向かうJR飯田線は、花見客と地元の学生さんで激混み。

加えて、伊那市駅からのバスは1時間に1本程度と少ない為、駅からのバスも激混み・・・

なかなかに辛かった思い出があります。

さくらまつりの時期には、バス停「JR高遠駅」から城址公園までのシャトルバスが出ていましたが、徒歩15~20分程度の距離、むしろ歩かせてくれ、と思いお城に向かっていると

おぉ。何かすでにすごいかも。

バスの運転手さんも

満開ですよ。今、一番いい時期ですよ!

って言ってました。

大阪から5時間かけて来た甲斐あった!

(まだ、ほんの触りしか見てへん。)

アクセスについては、さくらまつりの公式HPでご確認されるのがいいと思います。

アクセス・臨時バス – 令和6年度(2024)高遠城址公園さくら祭り

高遠城の歴史

高遠城の築城時期は不明ですが、14世紀にこの地域を諏訪氏から分かれた、高遠氏が治めており、その高遠氏が拠点としていたと考えられています。

その城を、1545年に武田信玄が大改修を行いました。この築城に関わったのが山本勘助だと言われています。

その後、武田勝頼の実弟・仁科盛信が城主の時代、織田信長に攻められ1日で落城。

江戸時代には大規模改修が行われたため、武田信玄が改修した城の姿は分かっていないようです。

高遠城址公園さくら祭り

高遠城の城内には、明治時代に、約1500本もの「タカトオコヒガンザクラ」(固有種)が植えられました。

公式HPによると、タカトオコヒガンザクラは、ソメイヨシノよりも少し小ぶりで、赤味のある花を咲かせる品種だそうです。

桜の開花時期には、さくら祭りが行われるのですが、開催時期は「咲き始めから散り終わりまで」

このぼんやりと曖昧なスケジュール。まさに桜まつりに相応しい!と思います。

だって、桜の見ごろの時期なんて毎年毎年変わるし、誰にも読めない。

設定したまつりの時期だからと、まだ咲いていないのにスタッフ動員したり、もう散ってしまって花見客ほぼ来ないのに、臨時バス運行させている祭りを度々目にしてきました。

そんな無駄な事せず、咲いてから散るまでが祭りじゃ~い!ってするのがベストよ。

咲いている時期にだけ、人は集まるんだから。

という訳で、さくら祭りを目的に行かれる方は、公式HPで開花状況をチェックして、ベストなタイミングで旅行を決行してください。

令和6年度(2024)高遠城址公園さくら祭り – 天下第一のさくら

城内に咲き乱れる桜・桜・桜

バス停から城址公園へ。

公園の階段を上ると、目の前に広がる満開の桜。

ただ、厳密に言うとここはまだ、城址公園ではありませんでした。

公園まわりの・・単なる広場?

さくら祭りの時期は、城址公園の入場料がいるんですけど(2016年当時は500円。2024年現在は600円)ここはまだ無料エリア。 

地元民なら「ここで十分」と弁当広げてお花見するな。

さらにもういっちょ坂を上って、高遠城址へ。

公園内に入った瞬間、桜凄い。でも、人も凄い。

二ノ丸跡

もはやお城の遺構なんて分からない。ただの宴会場と化しています。

すごい、すごい。右も左も、下も上も、どこを見ても桜・桜・桜

さくらまつりやー

(だからそう言ってるやん)

確かに、ソメイヨシノよりも小ぶりで、より赤みが強くピンク色が濃いお花。

城内に城の遺構はあまり残っていません。

というか、そもそも桜が咲きすぎて、城の全体像がいまいち分からない。
視界がピンク色すぎる。

桜の木々の向こうに見える橋は、その名も桜雲橋(おううんきょう)

本丸跡

城内からは、桜と、山頂に雪残る中央アルプスのコラボを見ることもできます。

素敵な景色。

大正2年に建てられた太鼓橋

南曲輪から見た中央アルプス。

素敵な景色ですが、人気撮影スポットのため人も多かったです。

高遠城の100名城スタンプは、南ゲートから出て、少し行ったところにある高遠町歴史博物館にあります。

博物館へ向かう途中、仙丈ケ岳が見えました。

ただ、高い山は見るのが専門。自称「撮り鉄」ならぬ「撮り山」です。

博物館にはこのようなのぼりがありました。

スタンプは博物館の外に置いてありましたが、せっかくなので入館しました。

(お城の入城料チケット見せたら、100円オフでした。)←2016年の情報です。

博物館は人もそれほどおらず、ちょっと落ち着きました。
(基本的に、人混み嫌い)

はるばる5時間かけて来た高遠城。

どこかでゆっくりすることもなく、城址内をぐるっと歩いて桜見て、感動して、一旦出て、また戻って(チケット持ってたら何度でも出入り自由)

さて・・・

・・・帰るか。

出店出ているし、昼ごはんも食べていないし、どこかで座ってお花見でもしようかな、とも思ったんですけど、なんせ、人が多い。
(やっぱり、なんと言っても、人混みが嫌い)

帰りのバスも、1時間に1本しかなく、ホテルを取った塩尻までは、1時間以上かかります。

高遠城に着いたのが、14時。高遠城から乗ったバスは15時55分発。

ま、1時間半は過ごしたから十分か。

完全に移動時間の方が多いけど。そういう事は往々にしてよくある。

バス停横でも桜満開。

帰りのバスは混むことなく、ゆっくり座って帰れたのが幸いでした。

人の多さは大変ですが、高遠城に行くならば絶対桜の季節がおすすめです。

利用案内(高遠城址公園)

通常時は、散策自由。以下は「さくら祭り」期間中の案内。

・入園料:大人(高校生以上)600円 小中学生300円

・入園時間:8時~17:00 最盛期(3分咲きから満開)は6時~21:00

令和6年度(2024)高遠城址公園さくら祭り – 天下第一のさくら

【100名城】No.4 弘前城(青森)

お花の中で、とりわけ桜が好きな私。そして、城も好きな私。

その二つが同時に楽しめる時期を狙って、過去に何度か旅行をしましたが、いかんせん桜の見ごろを読むのは難しい。

遠方の旅行ならなおの事。昨年は、新潟の桜の名所・高田城に訪れたものの、既にほぼ散っておりました・・・iechiko.hatenablog.com

そんなお花見&お城のコラボ旅、今年も決行するのですが、その前に過去旅の記録を掘り起こしてみました。

今回は、9年も前のことになりますが、青森県の弘前城に訪れた時のブログです。

桜の名所として、とても有名なこの場所で私が目にしたものは・・・

訪問日:2015年5月2日

弘前城へのアクセス

・弘前駅から徒歩約30分

・弘前駅から弘前市内循環バスで約15分「市役所前」下車、徒歩約4分

弘前城の歴史

弘前城は、津軽統一を成し遂げた津軽為信によって計画され、二代藩主・信枚(のぶひら)が1610年に築城開始。

翌年に五層の天守閣を備える「高岡城」が完成し、城下町も整えられていきました。

1628年に「高岡」から「弘前」に改称。

廃藩に至る260年もの間、津軽藩政の中心地として栄えました。

弘前さくらまつり

毎年、弘前城のある弘前公園で「弘前さくらまつり」が開催されています。

2024年は、4月12日~5月5日まで。

9年前、GWかつ、このさくらまつりの時期に行ったので、ホテルが全然空いていなくて、何とか1泊だけホテルを抑えることができました。

ただ、この年の春は凄く暖かくて、GWの青森の気温、大阪と変わらず。

結果、弘前城のソメイヨシノは・・・

すっかり葉桜になっていました。

ま、行く前から分かっていたんですけどね。桜が見れないからと言って、キャンセルするほどでもないし。(そもそも、弘前城見学自体が一番の目的ではあるから。)

桜の花びらがお堀に散って花筏となり、ピンク一色になっている写真を見たことがありますが、私が見たのは、葉桜と同じ緑色一色のお堀でした。

ですが、園内には遅咲きの桜が咲いており、それらの桜を鑑賞することはできました。

入場チケットを購入したところに、園内で見られる遅咲き桜の場所を示した地図が置いてありました。

事前に弘前城のさくら情報を入手していた時に「急きょ、今も見られる桜のカラーパンフレットを作成した」ってネットニュースに載っていました。
9年前は、GWに桜が散るのはイレギュラーで、慌てて遅咲き桜のパンフレットを作る事態だった訳ですが、今年の「さくらまつり」の日程は5月5日まで。

ということは、あれから年々桜の開花は早まっているのかな・・やはり温暖化の影響・・・?何てことを9年経った今、思う次第。

地図を片手に、まだ咲いていた桜を色々と見てまわりました。

地図では、30種ほどの桜が紹介されていました。

ソメイヨシノ以外の桜が沢山見れたので、これはこれでよかったな、と思った記憶がある。

桜満開の弘前城は、パネルで鑑賞しました。

城内の遺構

弘前城は、現存12天守のうちの一つ。12天守の中で、最北に位置しています。

追手門

弘前城のメインの門。

天守

天守は1627年に落雷により焼失してしまいましたが、その後本丸の辰巳櫓を三重に改築して、天守代用としました。これが今も残っています。

天守閣に入ろうとすると、長蛇の列。20分待ちでした。

ディズニーランドで20分待ちは、「めっちゃ短いやん!」って感動しますが、お城で待つことなんてほぼないので、20分でも「げっ、めっちゃ長っ」ってなります。

でも、もちろん並んで入りましたけどね。

ずらずら列を崩すことなく天守の中に入り、そのまま並んで、現存天守特有の急で狭い階段を上ります。
ただ連なって、歩いて行きます。自由にうろうろできません・・・

最上階3階から見えるのは、津軽富士とも呼ばれる岩木山

城内の模型

天井の梁。
階段降りしに、ささっとこれだけ撮りました。

自分のペースで見ることができないのは残念ですが、観光シーズンなので致し方なしです。

なお、弘前城の公式HPによりますと、弘前城本丸は現在、石垣の老朽化による修理工事中。それにより、天守も仮天守台に移動しているとのことです。

石垣修理工事は2026年までの予定らしいので、工事が終了したら桜まつりリベンジで、春の弘前旅行行こうかな・・・

子の櫓跡(ねのやぐらあと)

武具などを保管していた櫓の跡。
デッキを上って見たら、礎石が残ってました。
明治39年、花火により焼失したらしい。どんな花火上げたんだ・・・

ちょいちょい登場した桜満開時の弘前城パネル。

むしろ面白がって、このパネルと記念撮影している人、結構いました。

内濠一般開放

先ほど説明した石垣修理工事に備え、前年から内濠を埋め立てたため、通常は水が張られて立ち入ることができない内濠に、この時入ることができました。

内堀から見た石垣と天守。

ここから見る石垣や天守は、もうこの機会を逃すと生涯見られないらしい。
(って、さっきの看板に書いてあった。)

この石垣、時代によって積み方が変わっている様がとてもよく分かります。

丁寧に、説明書きの看板もありました。

築城期と推定される石垣がこちら。

四代藩主・信政が積み足した石垣。

積み方が整然となり、技術が進んだことが伺えます。

内濠から見上げる天守。

内濠に住む鯉しか見れなかった景色。
この先、見たければ鯉に生まれ変わるしかない。鯉じゃなくても内濠が見られる、貴重な時期に来れて良かったです。

二の丸 丑寅櫓跡

丑寅(北東)にある櫓。敵への攻撃や、物見のために作られたもので、1610年建造時のものが残っています。

おまつりを彩る出店たち

おまつり期間中なので、出店も結構出ていました。

中でも気になったのが、これ。

公園内を歩いてる間、遠くからず~っと放送流れてるな~なんだろな~と思っていたんです。
音の正体は、この【ワールド オートバイサーカス】のアナウンスでした。
「世界で見れるのはここだけ!」みたいなこと言ってました。
入場料700円ぐらいでした。入場していないけど。
幕に覆われた中から、やたらエンジン音がしていました。
一体、中で何が行われていたのか・・・B級感が否めない。
でも、今なおやっていたら、ちょっと見てみたいかもしれない。

このサーカスのエンジン音を聞きながら、弘前城散策を一旦終了させました。

夜の弘前城ライトアップ

ホテルから弘前城が近かったので、夜の弘前城も見に行ってみました。

(夜の見学は、さくらまつり期間中のみ)

人も少なくなって、でも、閑散としすぎて暗い感じでもなく、夜の散策にはちょうどいい
有料区域のチケットはその日1日有効だったので、昼間のチケットで再入場できました。

弘前城の天守って、レゴみたいだな~っていつ見ても思うんですけど、私だけでしょうか。

夜も天守内が開いていたので、再び入城。

さすがに夜は空いていたので、昼間より自由に中を見学することができました。

まぁ、天守内狭いので、そんなに見てまわる範囲は無いんですけどね。

天守内で撮った写真、この2枚しかなかった。お城パネル、わざわざ撮影しなくても、結構どこの天守内にもあるんですけどね。

月見で一杯。

花見で一杯。

2015年の名城桜巡り。思い描いていた景色は見られなかったけれど、ソメイヨシノ以外の桜を沢山見られたので、これはこれで楽しかったな、と思える旅でした。

利用案内(弘前城本丸・北の郭)

・入館料(1日):大人320円 子供100円

・入館時間:4/1~11/23 9:00~17:00 4/23~5/5 7:00~21:00

・休館日:弘前城 11/24~3/31 

 ※弘前城本丸・北の郭は11月24日~3月31日の期間は入園無料

www.hirosakipark.jp

141年の歴史を誇る「造幣局 桜の通り抜け」

大阪市内の桜の名所の一つ、造幣局の桜の通り抜けに久々行ってきました。

多数の珍しい桜が見られる通り抜けは、ソメイヨシノ一色で彩られるお花見スポットとは、また違った景色が広がります。

なお、今年の通り抜けは4月11日までだったので、既に終わってしまっております。

終了ギリギリに行ったので、期間中のブログ投稿はできませんでした・・・

桜の通り抜け 南門入口までのアクセス

地下鉄・京阪「天満橋」駅から徒歩約15分

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天満橋駅を出た後、その名も「天満橋」を渡ります。

桜は綺麗ですが、水が超汚いです。この川がもっと綺麗なら、絶景度が5割増しぐらいになると思う。

造幣局の桜の通り抜けについて

「通り抜け」の歴史は古く、始まりは明治16年。

造幣局の桜は、明治の初めに藤堂藩の蔵屋敷から移植されたもの。品種が多く、他では見られない珍しい桜もありました。

そんな桜を、当時の造幣局局長・遠藤謹助さんが「職員だけで楽しむのはもったいない!大阪市民の皆さんにも楽しんでもらおう!」と発案したのが始まり。

遠藤さんの粋な計らいのおかげで、141年経った今なお、我々も造幣局に咲く美しい桜を楽しむ事ができています。

今年の通り抜けの期間は、4月5日(金)~11日(木)

例年1週間程度と、期間は短いです。

拝観料は無料ですが、近年の通り抜けで一点注意すべきこと。

インターネットによる事前申し込みが必須となっております。

申し込みを行うと、メールでQRコードが送られてくるので、それを入場時に見せる必要があります。

以前は、自由に入ることができたのですが、恐らくコロナ渦以降このようなシステムになったかと。

混雑防止のために、今後もこのシステムは継続されるような気がします。

天満橋駅付近から「事前申し込みをした方しか、ご入場いただけません」とアナウンス&プラカードでやたらに注意喚起していました。

それでも、入口で「これ、事前予約いるんですか?」って言っている人いた・・・

本当に注意が必要な人には、どれだけやっても伝わらないのよ。残念ながら・・・

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通り抜けの名の通り、南門入口から北門入口に向けて、全長560mの道を一方通行で歩きます。北門からは入ることができないので、ご注意を。

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南門入口

まるで桜の博物館 珍しい桜の木々がずらり

今年の桜は、141品種340本!

大阪城公園を始め、大阪市内を彩る桜は大体ソメイヨシノなのですが、ここでは珍しい桜に沢山出会えます。

ただ、141種もあれば咲く時期が異なるため、既に散りかけの桜・満開の桜・まだ蕾の桜と状態も色々。1週間毎日来ても、日々開花状況が異なる桜を楽しめるかもしれません。

訪れたのは4月10日。この日にちょうど見ごろで、私が気に入った桜をご紹介していきます。

糸括(いとくくり)
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鬱金(うこん)
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黄色の桜なんて珍しい!

名前は、花がウコンの根の色に似ているところから付けられているそうですが、「憂鬱」の「鬱」の字が使われているのが、ちょっと後ろ向きではないかと。

「雨金」とか「羽金」とかが、字面的に美しいのでは?と思うのですが、どうでしょう?(と言われても)

妹背(いもせ)

祇王寺祇女桜(ぎおうじぎじょざくら)

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大提灯
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一葉(左)&奥都(右)

紅時雨

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朱雀(しゅじゃく)

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「すざく」じゃなくて「しゅじゃく」

・・・言いにくい。

松前薄重染井(まつまえうすがさねそめい)
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「新品種」だそうです。今なお進化を続ける桜。私も見習おう。

駒繋(こまつなぎ)

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松前紅紫(まつまえべにむらさき)f:id:iechiko:20240410124543j:image

大手毬
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通り抜けでは、毎年「今年の花」というのが選ばれており、今年は「大手毬」

あまり咲いていなくて、隣の桜の方が人だかりできていました。

ただ、出口付近にも大手毬の木はあって、そちらは満開に咲いていました。

法明寺(ほうみょうじ)
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今年の桜「大手毬」の横で、一際目立っていた桜。

例えるなら、今年のM-1、優勝したコンビよりも、むしろ準優勝したコンビのネタの方がインパクトあったよね、みたいな状態。

蘭蘭(らんらん)
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パンダみたい!って思ったら、本当に

北海道松前の子供達が上野動物園のパンダ「蘭蘭」の死を悼んだことと、花が密集して咲き、その付き方がふくよかでパンダの毛並みに似ていることからこの名が付けられました。

だそうです。(通り抜けHPより)

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事前予約で人数制限はされていますが、この人出。

御殿匂(ごてんにおい)

雨宿
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日暮(ひぐらし)
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麒麟(きりん)
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舞姫
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「石炭をば はや積み立てつ」

夕暮f:id:iechiko:20240410125129j:image

造幣博物館は、桜の通り抜け期間中は休館です。f:id:iechiko:20240410125210j:image

幸福
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名前がいいですね。待ち受けにしたら、幸福になれるとか、なれないとか。(知らんけど)

春日井(かすがい)
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奈良の春日山の麓に咲いていた桜だそう。同郷やん。
染井吉野
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馴染み深い桜、ソメイヨシノの木もありました。

通り抜けでは、この1本しかないみたい。

黄桜(きざくら)

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♪カッパッパ~ ふっふっふ~♪(うろ覚え)

江戸
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「江戸に多く植栽されていた」とのことですが、今も東京には多く咲いているんでしょうか?
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560mの道のり。左右に咲く多種多様の桜を見て、撮影して、かかった時間は約40分。

全ての木に、ちゃんと品種名がかけられているので、個性豊かなそれぞれの名前を素人でも分かるようになっています。

中には品種の説明書きがある木もあるので、その桜の歴史も知ることができます。

単なるお花見だけでなく、こんな桜があるんだ!こんな名前なんだ!と色々な発見もできる桜の通り抜け。

公式HPには、品種の一覧表があるので、これを見ればあなたもきっと桜博士になれるはず。

造幣局 : 桜の通り抜け(大阪)